拳闘士の休息《無修正版》

試合開始はいつも午前3時だった 父にアメリカ産の安ウォトカを奪われたそのとき 無職のおれはやつを罵りながら 追いまわし 眼鏡をしたつらの左側をぶん撲った おれの拳で眼鏡が毀れ おれの拳は眼鏡の縁で切れ、血がシャーツに滴り、 おれはまた親父を罵った…

Alone Again Or

折れた、 夏草の茎の 尖端から 滴る汁、 突然静かになった水場 あのひとが愛の、 愛の在処をわかっていると誤解したままで おれは死ぬのか 麦を主語に従えた季節は終わって、 世界の夏で、 いまは微睡む そして無線の声 "The less we say about it the bette…

家出娘

夏がようやく店頭から失せ、秋がささやかな絵看板になってあらわれたころだ。灰色がすべての、顔のない路次の途中、女の子がじぶんの服を売っていた。それも毎日、犬や猫が食堂へでかけ、ひとのすがたも同じように見えなくなる時間帯に決まって。ぼくがはじ…

Other Voices

春を皆兎唇のごとき少女らは 密会のまぼろしばかり葉の桜 花ぐもり羞ぢを生きてか夜露落つ 蝶番はずれて訪ふ夜の雨 ゆふれいの足美しき裏階段 鋪道満つしずくやひとの群れみせて 裏口に歌声低くdoorsは ソーダーの壜よりあはれ群れなぞの 鉄路踏みをんなひと…

をとこ来ぬ

ふなかげの淡さの陽炎午睡して 踏む浪や月のかたちに触るるまで 夏の夜に灯台守が泳ぎ着く 海見ては孤独のありか確かむる 廃屋の佇む秋よ尻屋崎 朽ちる家営みもまた暮るるのみ 去るときを地平のなかの棟とせる わがうちの愛猫秋の茎を咬む 冬瓜のあばらに游…

わが長篇小説に寄せる詩篇

裏庭日記 われわれという辞がいやで、つねに単数形で生きてきた なにをかたるにもひとつに限定してからでなければ安心できない おれたちや、ぼくらといった主語を憎み、空中爆破したくなる おれは決しておれたちじゃないし、 おれは決してぼくにならない あ…

surely          

だれのものでもない両手で だれかを傷つける 呼び鈴がおれの耳に 爆発している やり過ごすことのできない咎に身をふるわせて やはりだれも おれを諒解しないというところで 合点する 他人の顔に鉈を下ろして、 それでもだれに気づかれないままで終わる きょ…

週明け

シルヴィア・プラスの遺体写真を眺めながら昼餉を片づけていた ガス・オーブンに突っ込まれたかの女の上半身、 死の直前に最高のユーモアを発揮したという、 モリッシーの言葉を懐いだす おれにとっての『ベル・ジャー』はいまだ いまだ見えないままで 遙か…

赤い柄の鋏

はずんだ綿パンの臀が木の向こうに沈んでいく 赤い柄の鋏をもって姉は花狩り 嵐の翌日に万物はゆるみきって ところどころ溶けている 濡れているものはどれもこれもイヤラシイ 妹たちは犬の散歩に頑としていこうとしない そのいっぽうで遭難者たちは 夕までに…

不眠

ふけてゆく夜 のうちがわ おれという犬のくそ のような叡智にはかならず 休息の欲しいときがある しかしろくでもないものが宿った左の手 をもちいていくら電話の古く黄ばんだ 回転式ダイアルをまわしても 通じた回線をむこうにおれの欲しい眠り について註文…

水を呑む男

曇ったガラスに朝がさす。その男は目を細め、コップの底に光りを見る。上半身は裸、黒いズボンをはき、カンバスの中央に立つ。かれの前には小さなテーブルがあって、視点はややその下を向く。細いラインが部屋を蔽い、太いかげがかれの姿をもちあげる。壁の…

動物園

(見る) だれもかれのなまえを知らないし だれも知ろうとしない 見られ 覘かれ 触られ 汚され 洗浄され 閉じ込められ 少しだけ解き放たれる かれ (見ている) 動物園のなかをくまなく かれを覘き 触り 笑い 汚し 追い込んで ひっぱって 少しだけ閉じ込めら…

放浪のはじめ

孤独が夜更けてひとり歩きだした 叱られていき場のない少年のように 十五のころに帰ったように 看板のなかの 派手なべべを着た娘の その胸に手をあててみたり 雨に溶けだした聖母像の肩や頬に 顔をすり寄せてみたりして 孤独にいっそう磨きをかける 触れられ…

乾涸らびた道に南半球をめざす蟻たちの行進がつづく いずれの運命、あるいは私的な詩を全うするべく立ち上がった足 われわれがわれわれでないと気づかされる、ささいな情景たち 一人称を見失いかけたおれを慰めるかのような象形たち いったいどれほどの代償…

無題

この道程をふりかかる雨だとか雪だとか光りだとか そんなものを期待して生きることに疲れてしまった 大勢のひとびと、時計をなくしてしまった子供たち あるいは帽子を失った晩年のおれたちの顔と顔たち あらゆる形式のなかで、 もっとも野蛮なものを求めて歩…

無題

われわれがうろつくべき路上を夜中探している 沈んだブイがいつまでもある海で ないがしろにされたひとが たちあがってはささやく のはどういった料簡か みずからを見失った体がどこまでも遠い なぜならわたしのないからだにはもはや霊体 がいないから いつ…

white heat

* 粛清された犬どもが夜にむかって吠えている 大勢の観客が回転する場所で、花火が炸裂する 仄かに明るくなった公園で、子連れの男が反転チェストを決める 特撮ヒーローたちの抜け殻が、永遠の夏休みのなかで甦るのはきっと幻だ 最新のリマスターで発色のい…

ボストンでは禁止

* おれはたったいま、ビル風に吹かれた一枚のスリップを眺めている ここは小さなアパートメントの最上階 地上ではひとりの男が戦闘機めがけてジャンプしている 声はここにない 中枢都市の神経を逆なでするような陽物が痙攣のなかでひどく気持ちいい 石油が…

* だれがいったい鍵をあけてしまったのか ひとがガラス板のある風景を過ぎるのは正体を失った11月の企み そしてためらいのなかでおれは身体の痛みに耐えている 生きる方法を見失って、夜の廊下に倒れ、そのまま夢を見る 夢はカラー、16ミリで撮影され、モノ…

radio days

* 花の懶惰が咲き乱れる そんなに美しくていいのかと呼びかける 回転草とともに去る一匹の禽獣が薄明るいほどろのなかで、輝きながら消滅する 樹液を通した世界があまりにも脆く、突き刺さる森はあるとき、スローモーションで顔を変える 一匙の塩と、花びら…

喪失

* 星の気まぐれのせいか、頭痛がやまない 方位を失った夜がおれのなかで疼く回数を数えつづける なまえのない花がフルオートで発射された 季節はわからない 地下鉄にゆられる脊髄がいまにも弾けそうだという理由で抜き取られる 熱病に罹った群れが朝を待ち…

meaning of life

10月の暑い夜 * ブラジルから来た少年が通りで撃ち殺される 被疑者は嘆きの壁で、沈黙を貫いている 取調室は熱で彎曲していて、とても歪だ キュビズムが侵入した形跡もないのに、シュールレアリズムが混入したわけもないのに、ただ一輪の花が中央に活けられ…

花に嵐

* ハナニアラシ 花にまつわる文法についての挿話 送り火がまわる芒原の果てでホールデンを幻視する鰥夫の男 発熱のやまない室で、氷水が爆発する深夜 仔牛の肝臓を輪切りにする作業のなかで、淋病患者の呻きが聞えた 惑星は消える 失われた12使徒を妄想する…

a vision

* すべてが星に還るとき、射貫かれた魂しいが歩き去ってしまう 駅のポスターが燃えながら笑むとき、女工たちが波のようにゆれる かたわらに犬を連れた男が空中散歩を試みる夜 できそこないのじぶんを正当化したいがために、電柱を登る たとえばきみが知らな…

the death and life of dismeaning

rush over the lifetime * ラッシュフィルムを装填する婦人会の集いが終わる 月曜日の朝どき 乱反射する小島なおが韻律のなかで回転するのを床屋の主人が見守っている 薄汚れた窓だった スカーフの赤さがあたらしい9月、それを求めていっせいに選手たちが飛…

ふたつのヒート

夏の終わり * 陽物志向のつよい主人公について語る必要があったのは真夏 発見された死体には金塊が隠されていたという事実ともにやって来る真夏 ボートレースの舟券師がセンタープール内を見渡す午後 脂肪を蓄えた腹で、スポーツ新聞を抱えて、静かに歩く …

a nut head with rainlung [part 2]

a nut head with rainlung [part 2] * 花が降る 桔梗が好きだった子供時代をおもうとき、葬儀屋の娘が剪定鋏を失ってしまう だからといってみな殺しにするわけにはいかない 時計職人の眼のなかの針 はじめて動きだした時間がじぶんを獲得するなかで、わたし…

死についての戯れ

a gaslighting with summer * 愉しい対面授業も終わりです 夏の光り、あるいは突堤のひとびとが転落する海が大好きです 電子計算機が回転するデパートの屋上で、演説をつづける右翼のために水を 水を汲んで来ます やがて暗転する頭上で雲がわだかまる㋇、息…

それらしい紙片

花の過失 たどり着く花の過失よ恐怖とは過去の国からやって来るもの ひるがえる夜のマントよかくれんぼする子供らを連れて去るかな シャッター街つづく路次ゆく道わずかふるえてる 死の祈り黒衣のなかに育まれ、やがてだれかのかげふみ遊び 労働歌、ブルース…

都市と生活〈1〉

www.youtube.com * 男の顔が心臓と酷似する夜だった カーブミラーのなかで膨張しつづけるフロント係が一瞬消えてしまう 涙みたいなビート ないもないところに回転灯だけが寂しい からだの部品を少しづつ失いながら歩くひとびとがキーパンチャーを売却するの…