6月と列車

 6月は列車の月だったような気がする。
 実際にどこか遠くへ旅をしたわけじゃない。せいぜい病院へ向かうバスや、三宮までの道を歩いただけだ。それでも今月は、ホームで列車を待つような気分ばかり味わっていた。生活保護費の入金を待ち、工賃を待ち、noteの審査を待ち、病院の紹介状を待ち、眠気を待ち、薬が効くのを待ち、そして7月を待った。

 待つことは、おれにとっていちばん苦手な行為だ。アルコール依存症は、待ち時間がそのまま飲酒欲求になった。診察が終われば一杯、買いものが終われば一杯、夕方になれば一杯。いまでもストレスがかかると酒のことを考える。でも、この6月は酒よりもギターを触る時間のほうが長かった。

 「CQB」を何度も録音した。弾き直し、聴き返し、また録る。ようやく気づいたのは、コード進行ではなく右手だった。同じ強さで弾いていては曲は育たない。アクセント、余韻、空白。エレキでしか出せない音もあるが、アコースティックでしか歌えない息づかいもある。来年のレコーディングへ向けて予定表を作り、スタジオ代を計算し、機材費を積み立てることにした。数字ばかり眺めているようで、その実、未来を数えていたのだ。

 その代わりに文学は遠ざかった。小説は読めない。詩も書けない。短歌は森先生に「余裕があり過ぎる」と評された。悔しかった。しかし反論する気にもなれなかった。おれはいま、文学のなかではなく、音楽のなかで失敗したいのだ。オープンマイクで恥をかき、ライブで曲を育てたい。そのほうがずっと健康的な敗北に思える。

 月末には同級生への手紙を書いた。毎年冬に送る、もう恒例になった便りだ。書いていて思った。結局、おれは文章を書くことをやめられないらしい。日記はもはや精神安定剤であり、思考を可視化するための装置だ。頭のなかだけでは混濁する考えも、文字になれば整列する。書いているうちは、まだ列車は脱線しない。

 来月、おれは42歳になる。人生は長距離列車ではなくなった。停車駅の数も、残された線路も、おおよそ見えている。それでもホームに立ち尽くしているつもりはない。音楽のある場所へ、人のいる場所へ向かう列車なら、まだ乗り遅れてはいないと信じたい。

 雨の6月だった。湿気でギターは狂い、睡眠は浅く、左足は痛み、財布の中身はいつも軽かった。それでも、おれは来年の録音予定を書き終え、新しいnoteを立ち上げ、一本の手紙を書き上げた。列車はゆっくりでいい。途中で何度停まってもいい。発車時刻を見失わなければ、それで充分だと思う。

音楽の近情

6月はずっと足が痛かった。痛みというものは不思議なもので、じぶんの意識をそこへ吸い寄せる。なにかを書こうとしても、なにかを考えようとしても、まず足が痛い。水を飲んでも痛い。映画を観ても痛い。ギターを抱えても痛い。やがて世界は足の痛みを中心に回りはじめる。だから音楽どころではなかった。

 それでもギターには触っていた。いま主にやっているのは「CQB」という古い曲の手直しである。原型は二〇一八年頃には出来ていたとおもう。いや、そのまえかも知れない。とにかく長いこと抱えたまま放置していた。今回ひさしぶりに録音してみて、ようやく曲の骨格が見えてきた。

 以前の「CQB」はコードが多すぎた。テンションコードも多かった。じぶんでは気に入っていたが、実際に歌いながら弾くと指が追いつかない。音楽は頭のなかだけでは完成しない。躰が追随できなければ意味がない。そこでコードを減らしたり、運指を簡略化したりしていた。サビではAadd9やBadd9も試したが、どうも曲の性格に合わない。結局、FM7/9からEm7sus4へ落ちる進行に落ち着いた。上昇ではなく下降する響きのほうが、この曲には似合う。

 先日はアコギでリハーサルを録音した。すると隣人から苦情が来た。平日の昼間だったので油断していた。アコースティックギターは思った以上に音が洩れるらしい。サウンドホールカバーを買うか、練習スタジオへ行くか、あるいは完全にエレキ中心へ移行するか。新しい問題が増えた。

 だが、問題ばかりでもない。オープンマイクへの参加も考えている。八月六日、大阪・十三での演奏だ。まだ人前で演奏できる水準ではないとおもう反面、いつまでも室のなかで録音ばかりしていても仕方がない。歌は相変わらず下手だし、録音を聴けば嫌になる。それでも録音する。録音して嫌になり、また録音する。その繰り返しでしか前へは進めない。

 おれの理想は、Yo La Tengoの演奏を背景に、眞名子新が歌っているようなアルバムだ。もちろん実際にはそんなもの出来るわけがない。しかし夢というのは、たいてい出来ないものを指している。二〇二七年の冬には録音を始めたい。スライドギターやチェロ、ウッドベースやドラムも入れたい。現状では夢物語だが、それでも夢を見なければ音楽などつづかない。

 足はまだ痛む。金曜日にはまた病院だ。それでも最近は少しだけ先のことを考えられるようになった。たぶん、それだけでも充分なのだろう。

映画『地獄の黙示録』寸評




 戦争映画というのは奇妙なジャンルである。反戦を謳いながら戦争の魅力に取り憑かれ、戦争の魅力を描こうとすると反戦映画として消費される。『地獄の黙示録』はその矛盾を正面から引き受けた作品だ。少なくとも、わたしにはそう見える。

 この映画を観ていておもうのは、ベトナム戦争が描かれているのではなく、人間の内部にある「戦争」が描かれているということだ。カーツ大佐は狂人として語られる。しかし、かれはほんとうに狂っているのだろうか。むしろ狂っているのは、ナパームで森を焼き払いながらワーグナーを流し、サーフィンの話ばかりしている軍隊のほうではないか。カーツはその帰結に過ぎない。極限まで合理化された暴力が、最後にひとりの人間のなかで結晶した姿がカーツなのだ。

 最近、「悪の遠近法」ということを考えている。遠くから見れば怪物だが、近づいてみると案外つまらない人間だったりする。ところが本作のカーツは逆だ。遠くから見ればただの脱走兵だが、近づくにつれて神話的な存在になってゆく。だからこの映画はサスペンスではなく巡礼に近い。ウィラード大尉は敵を追っているのではなく、人間の最深部へ向かって川を遡行している。

 しかし、この映画にも不満はある。映像は圧倒的だ。ヘリコプターの編隊も、炎上する密林も、夜の河も忘れ難い。だが、映像の力があまりにも強過ぎて、人間がしばしば置き去りになる。兵士たちは死ぬが、その死は情景の一部として処理されることが多い。わたしはそこに一抹の空虚さを感じる。映画が巨大な幻覚になればなるほど、生身の人間が遠ざかってしまう。

 とはいえ、この作品を否定することはできない。なぜなら『地獄の黙示録』は戦争映画である以前に、人間が暴力というものにどう魅了されるかを描いた映画だからだ。正義も祖国も民主主義も、川を遡るにつれて剥がれ落ちてゆく。そして最後に残るのは、ただ剥き出しの暴力だけである。

 映画が終わったあと、わたしはカーツよりもウィラードのことを考えていた。怪物を殺した人間は、その後どうやって生きてゆくのか。たぶん本作が本当に描きたかったのは、その問いだったのだろう。

高橋恭司『THE MAD BROOM OF LIFE』への寸評

 高橋恭司の写真を観ていると、しばしば写真そのものが嫌いなのではないかという気がしてくる。もちろん技術的な意味ではない。むしろ逆である。高橋恭司は写真という媒体を熟知している。光がどのように人間を記録するのか。あるいは風景をどのように剥製に変えてしまうのか。その暴力性まで理解している。だからこそ、『THE MAD BROOM OF LIFE』に収められた写真たちは、どこか写真であることを拒絶しているように見える。そこには決定的瞬間もなければ、報道写真のような社会性もない。かといって私写真のような告白性も希薄である。ただ人間がいる。ただ街がある。ただ光が落ちている。そしてそれらは、意味を与えられることを頑なに拒んでいる。
 高橋恭司はかつて「僕は正義も善も悪も、ゆうれいもキライだ。」と書いた。わたしはこの言葉に、この写真集の本質があるようにおもう。近年の表現は、あまりにも意味に飢えている。政治的でなければならない。社会的でなければならない。傷を告白しなければならない。しかし高橋恭司はそうした価値判断から身を引く。正義にも加担しない。悪を糾弾もしない。ましてや癒やしなど与えない。ただそこにあったものを置いてゆく。
 それは一見すると冷淡で無責任に見える。だが本当にそうだろうか。むしろ人間を善悪の尺度で裁断しないという点において、高橋の視線は異様なほど誠実なのである。最近、悪の遠近法というものについて考えている。遠くから見れば悪人である。しかし近づいてみると、ただ疲れた人間がいるだけだ。あるいは善人である。しかし近づいてみると、ただ臆病な人間がいるだけだ。高橋恭司の写真は、その距離感を最後まで手放さない。
 だから写真の中の人物たちは英雄にもならないし、犠牲者にもならない。ただ存在している。ただ生きている。それだけである。どうにもこの写真集を眺めていると、写真とは何かを問う作品ではなく、人間とは何かを問う作品のように思えてくる。そしてその問いには答えがない。高橋恭司は答えを提示する代わりに、光景だけを差し出す。観る者はそこから勝手に意味を読み取るしかない。だが本来、芸術とはそういうものだったはずだ。教訓でもなく、正義でもなく、救済でもない。世界がそこにあるという事実だけが提示される。『THE MAD BROOM OF LIFE』は写真集というより、その事実に耐えるための訓練書であるようにおもう。

食通は荒野を走る──映画『タンポポ』の原風景

 ひさしぶりに『タンポポ』を観た。伊丹十三監督作品。いまでは「ラーメン映画」として語られることが多い。しかし、わたしにはむしろロードムービーとして映った。トラック運転手のゴローとガンが、ラーメン屋の女主人・タンポポを立派な店主に仕立てあげる話なのだが、そんな筋書きはどうでもいい。映画の本質はそこにはない。ラーメンを求めて走り、料理を求めて彷徨い、食べることを人生そのものに変換してしまった人間たちの寓話である。

 伊丹十三はエッセイのなかで、昭和ひと桁世代にとって《食べるということが単に食べるということのみにとどまってはくれない》と書いている。戦中戦後の欠乏を経験した世代にとって、食べることは愛情であり、記憶であり、人格の問題だったのである。

 『タンポポ』に登場する人間たちはみな食べ物に憑かれている。ヤクザは牡蠣を啜り、サラリーマンはフランス料理の作法に怯え、ホームレスは一流シェフよりも美しいオムレツをつくる。病床の妻は死ぬ直前に炒飯をこしらえる。現実にはあり得ない。しかし映画が始まると、それが当たり前のように見えてくる。食べることが人生の中心に据えられているからだ。

 わたしは昔から食通という人種が苦手だった。味の違いなどほとんどわからないし、安い定食屋でも充分満足できる。しかし『タンポポ』に出てくるのは食通ではない。かれらは食べ物を通して人生に抵抗しているのである。だから食べることに異常な熱量を注ぐ。むしろ映画に登場する人間たちはみな、なにかを失っている。孤独だったり、貧乏だったり、退屈だったりする。その空洞を埋めるために、麺を啜り、卵を割り、肉を噛む。この映画の裏主人公はラーメンではなく〈荒野〉だとおもう。

 作中の東京は異様に広い。人間同士は出会うが、決して繋がらない。ゴローはやがて去るし、ヤクザもまたどこかへ消える。人々は束の間だけ交差して離れていく。その風景はまるで西部劇だ。だからゴローはカウボーイのように現れ、カウボーイのように去る。残されるのはラーメン屋だけである。おそらく伊丹十三は料理を撮っていたのではない。孤独を撮っていたのだ。

 ラーメン屋には客が集まる。しかし食べ終えれば帰ってしまう。宴会も終わる。恋人との食事も終わる。どんな美食も消化される。結局、人間はひとりで生きるしかない。その事実を認めたうえで、それでもなお食べることを祝福しているのがこの映画の奇妙な明るさだろう。

 歳を取るにつれ、『タンポポ』はラーメン映画には見えなくなった。人生の虚しさに対する反撃としての映画に見える。どうせ死ぬ。どうせ孤独だ。どうせ愛した人とも別れる。それでも腹は減る。ならばせめて旨いものを喰おうじゃないか、と。

 そういう態度はどこか筒井康隆にも似ているし、開高健にも似ている。しかし最後のところで伊丹十三はもっと生活者だ。革命も思想も要らない。まずはスープを飲め、麺を啜れ、と云う。

 映画のラスト近くで、赤ん坊が乳を飲む場面が挿入される。あれは冗談のようでいて、この作品の結論なのだろう。人間は生まれた瞬間から食べることを宿命づけられている。食べることは生きることであり、生きることは飢えることだ。

 『タンポポ』はラーメン礼讃の映画ではない。食べることをやめられない人間たちの、滑稽で、哀しく、そして少しだけ誇らしい群像劇なのである。観終わったあと、無性にラーメンが食べたくなる。しかし本当に腹が減るのはラーメンに対してではない。人生に対してなのである。

映画『マルサの女』を読む

 原作のテレビマンとしての伊丹十三を意識したのは、かなり後になってからだった。ドキュメンタリー的な執拗な取材、視覚的な記号の配置、そして「金」という一見して卑俗なモチーフをエンターテインメントに昇華する手鮮やかさは、それまでの日本映画の「お作法」と全く違っていて、ひどく感銘を受けた記憶がある。

 伊丹監督はエンタメに徹したというが、この映画が単なるコメディなのかというと否である。脱税というシステムをなぞったような生々しい描写がつづき、山崎努演じる権藤という悪漢の登場によって、映画は一気に異様なリアリティを帯びていく。しかし、これは伊丹映画の構造そのもので、後半の強制調査(マルサの出動)にいたるまで、ずっと乾いたシステムの話が記述される。だが、演出の執拗さが映画を引っ張るものの、中盤以降、物語の推進力は宮本信子と山崎努の「男と女」の関係性へと回収されてしまい、結局は古典的なドラマの情念のなかで終わってしまうのだ。

 のちに名作と持ち上げられてから観たが、前半のサスペンスに比べて終盤はやや退屈だった。宮本信子のヒロインとしての語りが、映画の画面上のフェティシズムと最後まで結実しないからだ。たとえば同じく金を扱った深作欣二的な泥臭さや、あるいは実録路線のラストに訪れる、すべてが虚無に帰すような一体化の喜ばしさには遠かった。音楽もよくない。本多俊之のあの有名なサックスのテーマ曲は、あまりに記号化されすぎていて、今聴くと完全にバラエティ番組のBGMのパロディのように消費されてしまっている。個人的な嗜好に過ぎないとは思うが、映画の持つ冷徹な暴力性と調和しておらず、ちぐはぐな印象だった。役者陣の演技も、伊丹節とも言えるデフォルメが効きすぎていて、劇団風のわざとらしさが、やや鼻についた。意地悪な見方をすれば。

 

 悪役・権藤の山崎努はよかった。あの足の不自由な男がみせる、金を数えるときのアブノーマルな手つきがよかった。しかし、すでに書いた通り、彼が宮本信子演じる板倉と「通じ合って」しまってから、映画からは乾いたシステムとしてのリアリティが消えてしまう。ラスト、権藤が自分の血でハンカチに隠し口座を書いて渡すシーンがある。そして最後、板倉が夕暮れの街を歩き、権藤の乗った車を見送って終わる。やや感傷的だが、あの結末が世間では評価されているのだろうが、実際の映画のほうは、どこか予定調和で記憶にも残っていないのだ。ネットの書き込みを参考にしようとしたものの、あのセンチメンタリズムを単なる「いい話」として消費している感想しかそもそもなかった。

 個人的に残念だったのは、やはり脱税という行為の根底にある「国家と個人」の歪な構造について、なんらかの思想的なフォローを期待していて、それがなかったことだ。もちろん、たいていのひとにとってはただの痛快活劇であり、どうでもよいことである。いつだったか、劇中のセリフ《コップに溜まった水が溢れるのを待つのが、金を貯めるコツだ》というあの有名な金言を引用して、ひとつの文章を書こうとした。結局は通俗的すぎてやめたのだが、《奪う/奪われる》の関係性がこの映画ではあまり思想的な問題にはされなかったようで、娯楽としても、社会風刺としても、半端なものに仕上がってしまった。システムとしての冷徹さから逃げるには、もっと「国家の暴力」と「個人の執念」のコントラストを、愛憎のレベルまで引き上げて取り入れるべきだった。

『配管工の死──ディキンス・ハーにおける即物主義と虚無のパッケージング』

ディキンス・ハーという男のテキストを読んでいると、胃の底がじわじわと熱くなってくる。それは感動だの共感だのといった、世間のぬるい文学愛好家どもが好む安直な代物ではない。空きっ腹にカフェインを流し込んだときのような、内臓を直接火傷させる類の拒絶反応に近い。

一九五九年の『クライム・パルプ・マンスリー』のインタビューで、ハーは自分のことを「文学作家」ではなく「配管工」だと吐き捨てている。社会の配水管の詰まりを取り除き、そこに流れる汚水をただ見つめる男。実に見事な割り切り方だ。世の中の自称・芸術家どもは、自分が流す汚水に「人間性の証明」だの「実存的苦悩」だのといった高級なラベルを貼りたがるが、ハーにとってはただの「事実」に過ぎない。銃弾が肉を裂く音、夏の舗道の熱気、腐ったサンドイッチの臭い。そこには悲しみも喜びもない。ただインクと紙でパッケージ化された「現象」があるだけだ。


 一、 剃刀の刃と、宙吊りの暴力

デビュー短篇『日曜日の剃刀』を覗いてみれば、その即物的な視線はすでに完成している。埃っぽい田舎町の理髪店で、鬱屈した理髪師が傲慢な客の喉元に剃刀をあてる。手首を少しひねるだけで、すべてが終わるという誘惑。
ここで重要なのは、主人公が抱く殺意に高尚な理由など何一つないということだ。ただ暑いから、扇風機の音がうるさいから、そして「剃刀がそこにあるから」だ。

> 「ナイフを持たせりゃ、誰だって王様になれる」

ハーはそう嘯くが、劇的な殺人は結局起きない。客の顎を少し傷つけ、剃刀に残った血と泡をじっと見つめるだけだ。この「暴力の宙吊り」こそが、ハーの描くアメリカの倦怠の正体である。
こちとら生活がかかっている表現者だ。いつでも引き金を引ける、いつでも喉を掻っ切れるという圧倒的な弾やすさ(機動力)を抱えながら、あえて引かないことで生まれる強烈な緊迫感。ハーの文章が乾いているのは、感情を排しているからではない。いつでも他者を切断可能な「肉の塊」として冷徹に観察する野生の防衛心理が、形容詞という無駄な装飾を去勢しているからだ。

二、 プラスチックの救世主と大量生産の虚無

晩年の遺稿とされる『プラスチックのキリスト』に至ると、ハーのハードボイルドな殻は破れ、ドラッグとアルコールに塗れた凄まじい幻視が顔を出す。
ネバダの寂れたモーテルで、三ドル五十セントの夜光塗料で塗られたプラスチックのキリスト像と、引き出しのギデオン聖書が喋り出す会話劇。ここでキリストは「俺を拝んでも無駄だ。俺は台湾の工場で、一分間に百個作られたうちの一つに過ぎない」と冷笑する。

大量生産された信仰、そして無料同然に消費される救済。これは現代の音楽業界やネットのタイムラインの惨状と完全に地続きだ。金を払わずに「客づら」をして無料の範囲だけを掠め取り、「スキ」という安いスタンプを押して理解者の顔をするゾンビども。彼らが消費しているのは、この台湾製のプラスチックのキリストと何ら変わりはない。中身は空っぽだ。

ハーの主人公は、その安っぽい救世主をライターで炙り、溶けたプラスチックの塊を窓の外へ放り投げて、再びウィスキーの栓を抜く。誰も救われないが、誰も裁かれない静寂。
ハーは知っていたのだ。身銭を切らない安価な共感など、一分の価値もないことを。だからこそ、彼の小説は「手袋をして読め。指が汚れるからな」というあの傲慢な、しかし至極真っ当な拒絶の言葉で締め括られなければならなかった

三、 表現のパッケージ化に向けて

ディキンス・ハーの歩き方は、私に一つの確信を与える。
文学も、詩も、短歌も、そしてこれから私が再び這い上がる音楽も、すべては冷徹に「パッケージ化」されねばならない。サブスクで無料同然に聴き流されるシステムに魂を売るくらいなら、フィジカル中心で、配信時期を遅らせ、自分の言葉の私事権を徹底的にペイウォールで守るべきだ。

ハーがニューヨークの編集者どもに「不快」だと弾かれた『血に飢えたブロンド』の第13章のように、表現の本質は常に閉鎖的な城壁の奥にしかない。
あしたは雨になるかもしれない。私の足は立ちっぱなしの痛みに耐えられないかもしれない。それでも、座学の教科書を閉じてエフェクターボードを組み、オープンマイクの夜へエレキギターを抱えて殴り込みにいくための戦術は、この不機嫌なアメリカの作家のテキストの中にすべて揃っている。

他者の好悪の表明など知ったことか。私は私のヴィジョンを、ただインクと紙、そしてエレキの轟音に変えてパッケージするだけだ。ハーが勘定を払わずにダイナーを出て行ったように、おれもこの退屈な社会にケジメの金を叩きつけ、さっさと自分の戦場へ戻るだけだ。