短歌日記13

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 同志不在なり萌えながら立つみどりたちやけに眩しく


 地図上を旅する蟻よ思想なき犯意のなかのわれらが国家


 期してまだ挑むことさえできぬまま遠くの海の潮騒やまず


 鳥籠のかげが寂しくほぐれゆく夕暮れどきの落胆ばかり


 監獄に夏蝶ひとつ放たれてわれは呼吸を重ねてゐたり


 手のひらに乾く葡萄よ革命の響き至らずきょうも過ぎたり


 不貞知らずままに老いゆく旧暦の四月が暮れゆく


 望まれぬ枝を間引いて立ちあがるかれの微笑のゆえなど知らず


 眠りなき男の心理伏射する姿勢のままで吊るされながら


 地平あれど国あらず花いちりんのメソッド演技


 にっぽん脱出できぬ五月雨色の国家の衰亡

 
 けだもののように雨降るチリコンカン煮ゆる鍋はいつも赤い


 深夜高速回転する月の光りあらばきみを愛しくおもう


 放浪の夢を語れるわれの夜、有蓋貨車にゆられる夜よ


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短歌日記12


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 ウォーホルの原色 死を孕む街のうらがわの果実なりき


 葡萄食む子供の眸潤むなりわれは孤立を少し癒すか


 荼毘に付すわが青春の一切をそを赦すものあれど


 吹きよどむかぜのむこうに一輪の町が咲いている夜半


 水中花もやがて腐れるゆらめきのなかに消えゆくみずみずしさは


 河に泣く山鳥一羽 われは伝説と呼びたくおもう


 紫陽花の暗く咲く日よ雨がまだ道を歩いてゆく四時半


 郷隠れするもみよりはとうになく騙されながら峠を降りる


 棄てる父母おらず鰥夫の日が暮れるからっぽの鯖缶


 死はいずこ 濡れ縁側に残された花一輪と鋏のかげ


 みどりなすひとの世のせつな枯れてゆく仏壇問屋の一群ありぬ


 サフランの因果ばかりか摘みびとのたったひとりがきょうも消えぬる


 湖水枯れだれも黙して語らずをいまこそ撃てり みな殺しの歌


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短歌日記11


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 ものがみな荒野の譬え 亡霊の数え歌のみわれに聞ゆ


 姿なき星の戦慄 臨終のひとのまぶちに落ちろ 落ちろ


 転生の寂しき初夏よかげの濃い子供のひとり丘へ駈け入る


 教会の裏手でひとり酒を呑む正午の鐘のゆすぶるなかで


 しりとりの鳥の一羽を逃したる直角の空を睨むひとかな

 
 土地の神燃ゆる週末ぼくたちが犯した罪に裁きがなくて


 涜神を独身といい換えて去りし中年の肉欲むなしく涸れる


 夏至近き汎神論のたそがれが眠るわが身をふるわす三時


 だれかだれか神学のかげりを教え給えフリーウェイの男


 胸厚き青年われを超越す もはや肉体のみに淫することもなく


 夢がまだ仮説に過ぎぬ夜を見たなんだか熱いぼくのふくらはぎ

 
 海岸をうしろむきに牛歩むやがて来る屠殺へのむなしき抗い


 手に掴む麦の秋かなぬばたまの村の暗黒祭りの準備
 

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短歌日記10


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 ことばなき骸の帰還御旗ふる男の腕がわずかに震るる


 もしやまだ花が咲いては切られゆくこの悔しみになまえを与う


 水温む五月のみどり手配師がわれを慰む花もどきかな


 真夜中の歯痛のなかで懐いだす星の彼方のささやきなどを


 呼び声のなきままひとり残されて葱を切るのみ黄昏のビギン


 アカシアの雨が洗って去ってゆく不在のなかの花々たちを


 霊媒もあらずや燕 亡き父の骨壺ひとつふと見失う


 夫にも父にもなれず雨季を待つひと恋うるときも過ぎて


 アル中の真昼の頭蓋涸れてゆく預金残高はなし


 この夜のほとりに立ってかりそめのぼくが鳥となって飛ぶころ


 陽ざかりの産着がゆれるベランダを見あぐる 偶然の失意


 愛を 愛を ただ代えがたいものが欲し 月の象形

 

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短歌日記9


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 黄昏よなべものみなうつくしく斃れるばかり 長距離の選手たち


 みどりなるひびきをもってゆれる葉をちぎっては占うなにを


 あかときの列車のなかに押し込まる自殺志願のひとの横顔


 花が咲いて 散るもの知らず故知らず ほらもうじき雨季来る


 枯れる湖水 もはやもどらぬひとためバケツいっぱいぶちまけてゐる


 母がまたぼくを葬るときが来る ベールの女立ちどまる度


 暮れる町 稜線はるか翳むころ球体以前の地球を臨む


 墓石や墓碑銘あらず名もあらず埋葬以前に打ち棄てられて


 星屑よ燃え尽きて猶わがよすがとおもう眠れぬ夜は


 ジャケットの襟を立てたりこの夜がわれのみにあれ われのみにあれ


 かすかな疵が疼くときわれはかぜを求める 神戸巡礼


 難聴のおもき真昼よ横たわるわれの手になにもなく


 ペパーミント・チョコレートでみずからを慰む午后の陽は虚構


 みずからの罪を贖うことすらもできず黄桃 救抜もなく


 みながみな内部に青い鳥を飼い世界の果ての駅舎に集う


 waltzing Mathilda 口遊む 旅を知らない世代の若人


 憐れみは酸っぱい果肉 夢魔たちの微笑顔をいま濡らしたり


 保護室の扉はおもい 春の日のれいこくなる看護人たち


 「殺せ 殺せ きみの愛するものをみな」うそぶきながら狂女昇天

 
 雨季せまるときの滴りわずかなる希望でさえもかりそめになり


 きみを抱く夢のかぎりに眠りたる終わりなき失寵のさなか


 ゆうやみの異端審問裁かるるきみの縛られた足がきれい


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短歌日記8

まくらことば


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 あからひく皮膚の乾きよ寂滅の夜が明くのを待つ五月


 茜差すきみのおもざし見蕩れてはいずれわかれの兆しも見ゆる


 秋津島やまとの国の没落をしずかに嗤う求人広告


 朝霜の消るさま見つむきみがまだ大人になり切れない時分


 葦田鶴の啼く声ばかり密室にボールがひとりバウンドしてる


 あぢむらのから騒ぎかなひとびとが転落したり天国の淵


 みみずくのような一生反転する・ぼくが生きてゐるという仮定法


 天雲のたどきも知らず運命の一語に滅ぶ線路工夫よ


 あまごろも陽射しのなかを青々としてからっぽの袖口


 あまびこの音降るしぐれ天掟よいまわれのみを解き放て


 あをによし くにちの森を抜けて猶神の両手に捕まれてゐる


 いそのかみ 降る雨がまだ生きてゐる われの不在を示さんために


 うちなびく草が毛布のごとくありわれは眠れりみなしごのごと


 母にとり姉妹にとってわれはいま存在しないものとなりぬ


 うつせみに過ぎぬこの世も去りがたしただ見るわれはきのうのごとく


 うばたまの夢が波打つ岸辺にて流木ひとつ持ちて帰らん


 樫の実のひとつを拾う刹那には木漏れ日ばかりあるのみなのか


 葛の葉の憾み遙かな妹のわれを蔑むまなざしおもう


 高照らす日の皇子たちの蹴鞠歌わが世の秋をいよいよ閉じぬ


 玉かぎる仄かな灯り武装する都市計画のゆくえはいずこ


 垂乳根の母なるものを拒みつつわれはさまよう記憶のなかを


 乳の実の父よ虚勢の砦にて滅びるままにわれは見殺す


 まだ生きる蠅の一匹秋の夜の長々しきをあだねするまで 

 

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短歌日記7

 

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 真夜中の菜の花畑が帯電す 手を伸ばしてはいけないところ


 初夏の水いずれは枯るる花とてもいまはわたしを見つむるばかり


 やがて夏来るときわれは瑠璃色の西瓜のごとく糖蜜を抱く


 死んだものさえも愛しくなりぬ五月のみどりかけぬけてゆき


 苦しまぎれのうそのようなひとびとの声に騙されて


 だまし絵のように子供が逆上がる雲のうえへと昇る階段


 脅かすきみの眸のなかに棲む小人のようなぼくの分身


 火の化身 あるいは鬼火 狐火とともに歩めり不眠症かな


 町の裏手で巨人が眠る ぼくが犯した罪のせいだな


 梨熟れる十五の歳のあやまちを仮面に変えて歩く夜なり


 大根の葉っぱを茹でる過去たちと和解せぬまま一生を得る


 沈む石 ものみなやがて忘れゆくわがためにあれ固茹で卵


 逆上する女の化身死神とともに手をとり冥府を渡る


 浴場もとっぷり暮れる五月の日われはひとりの刃を研ぎぬ


 散骨のような莇が咲き誇る冥府の午後の世界線かな


 燕子花ふるえるような輪郭を見せているわれにずっと


 聞えてましたか ぼくがいままで翅のように呼吸していたときのすべてが


 たとえれば閉鎖病棟 受話器もて叫びつづける女がいたり


 初夏のことばのかぎり愛を問う死を待つような静かな通り


 わが愛の告白なんぞ価値もなく根菜ばかり食卓にある


 心ばかりの花さえも剪られ一瞬のさむざむしさ


 花を剪る花を剪る花を剪るそう告げて行方知れずの男


 まだぼくら未完の果実河岸に魚が跳ねる嘲りながら


 死はいずれ赦しとなるか森番の扉ひとつ開け放つのみ 

 

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