野島伸司作品についての寸評、あるいはそのレジュメ



 Amazon Prime Videoで'93年のドラマ『高校教師』のつづきを観ていた。野島伸司の脚本はひどく類型的だ。身分ちがいの恋愛、恢復不能な病気や障碍、近親憎愛、醜くゆがんだ愛情表現、家族内での疎外、妄執にちかい犯罪傾向、登場人物の極端な色分け、ひどく偏見に満ちた精神病質的な人物たち、社会的名士への嫌悪表現、下層社会に於ける希望、競争社会への反発など、同一性を見いだすことは簡単だ。それらを作品のモチーフ(教師、孤児、障碍者、非行青年など)ごとに変奏を繰り返しているが、それが必ずしも冗漫にならないところが手腕なのだろうとおもう。

 個人的には'99年の『世紀末の詩』がベストだとおもっている。しかし、それでも安易な社会派きどりの後味が拭えないところに商業作家の弱味めいたものを感じる。『世紀末の詩』は、ほとんど一話完結のスタイルだから、人物の関係性にそれほど歪な深化を見せず、物語のバランスを損なわないから観ていられたとおもう。
 社会制度による庇護を受けてる身分からすると、各作品の登場人物のだれも、そういった制度を感知しない、乃至制度をまったく信用していないという点は注目すべきかも知れない。制度の排除はテレビドラマの枠内に物語を維持するための方便とも云えるだろう。たとえば『家なき子』──のちに懐いだしたのだが、この作品で野島は脚本を書いていない、企画のみだった──に於いて、屋台商売の親子が登場するが、その父親のほうが死んだあと息子がアパートを追いだされそうになり、主人公と大家とが対立する場面では、大家の「施設に入ればいい」という言葉が明らかに罵倒と嘲弄の表現として登場する。野島作品をいまいち支持できないのはこういった社会の代弁と、作家の偏見とが一体となっているのではないかとおもわせる場面がたびたび存在しているところだ。

 そして愛憎あるいは対立のドラマツルギーからの脱出が不可能になった瞬間に物語は完結されてしまう。『聖者の行進』のラストや、先出の『世紀末の詩』はそれを免れてるとおもうが、どうだろうか。いずれにしてもテレビはかつて感情を増幅させる装置であった。しかしネットの台頭で、その機能は剥奪されてしまった。いまやテレビとともに熱狂はできない。検証と批評の時代になったとも云える。野島作品を通じてまだテレビに熱狂できるドラマがあったという過去をしみじみと懐いだされるのみだ。

オープンマイクへ




 またアコギを弾く。オープンコードがきれいに鳴らない。弦が古いのでミディアム・ライトから以前買ったエクストラ・ライト弦に替えたものの、音がさらに汚くなった印象だ。全体がザラザラという響きで、弾いていてもどうにも気に入らない。エクストラ・ライト弦はしばらく使っているうちにギターに馴染んで来たようにもおもうが、やはり以前のミディアム弦の感触が忘れられない。エピフォンのギターを買ったときに付属していたミディアム弦がとても好い弦だった。しかし、もう製造されていない。次のオープンマイクまでにはミディアム・ライト弦に交換するつもりだ。

 オープンマイクは弾きやすさを優先してエレキでやることにした。エフェクターのセッティングも変更した。Dyna CompをやめてClean Boosterへ。トレモロもTS-1からJOYOへ替えた。本番ではブースターを使わないことにした。「kaze-bungaku」はディレイなし、「できれば夢を」はディレイあり。「できれば夢を」はカッティング奏法をやめてストロークにし、テンポもだいぶ落とした。リハでは歌声がちゃんとでるのか心配だった。音程が高いからだ。

 8月26日、十三へ向かった。2ドリンク¥1,200でジンジャーエールを飲む。おれの順番は4番め。巧い演者が多かった。いよいよおれの番になったが、準備に手間取り、ろくにサウンドチェックもしないままで始めた。「kaze-bungaku」は震えて巧く弾けなかった。ギターの音がフルテンになったままだったので、歌も届かなかった。「できれば夢を」でギターの音量を半分に下げた。リハでは巧く行かなかったのに、本番ではギターも歌もちゃんとできた。オーナーが「2曲め、かっこよかった。bloodthirsty butchersみたいだ」と云ってくれた。ブッチャーズのファンとしては嬉しい。しかし、「できれば夢を」はブッチャーズを意識してつくった曲ではない。意識してつくったのは「kaze-bungaku」のほうだ。

 エレキを持ち込んだ演者はおれを含めて3人。全員ストラトだった。ライブが終わったあと、だれもおれには声をかけてくれなかった。まあ、そんなものだろう。ピアノ弾き語りの女性と一緒にバーをでて、「お疲れさまでした」と声をかけると、「暑いですね」と云われ、頷いた。交流がなかったことより、次もここへ来られることのほうが重要だとおもう。

 しばらくはraincoatに月1で出演しよう。参加費の安い場所で、顔となまえを憶えてもらうしかない。ブランクを取り戻し、ひとまえにでる度胸を取り戻す。次は「春」と、ジャックスのカバーをやりたい。昨日より巧く弾くというより、来月もまたステージに立つこと。その繰り返しでいい。

 「春」は去年書いた新曲だ。ほかにも「1984年のピープショウ」、「縁日の世界」、「裏階段が延びてゆく」など、ひさしぶりに弾いてみる曲がある。「裏階段が延びてゆく」はサビ以外のコードを変える必要があるし、歌詞も修正が要る。「kaze-bungaku」はガットの指弾きパートも試している。ガットで完奏できるのならガットにしたい。ただし音つまりがあるので、いずれリペアにだすしかない。

 むかしのDTM音源も聴き返した。おれに作曲と編曲のセンスを与えたのは山下毅雄とフランソワ・ド・ルーベだ。あとはThe Zombiesの「Time of Season」。音楽を聴くことと、音楽をつくることと、音楽をひとまえで演奏することは、それぞれ別のことのようでいて、おれのなかではつながっている。

 次のオープンマイクは来月13日の日曜日、13時から。今度はアコギで出演する。それまでに弦を替える。練習する。歌詞を憶える。そしてまたステージへ行く。

 おれには、まだ演奏する曲がある。

陽だまりにうらぎりひとつうそひとつ固まってまだ温かい

 陽だまりにうらぎりひとつうそひとつ固まってまだ温かい

 襟なびく一瞬われを見失うときのはざまに祖父が降りたり

 水天にあまるくちびる 飴売りの声などここにあらずや南

 青葱の根を刈るしぐさ夏がまだ生き残るのにかれらを殺す

 雲という言語のひとつ見失うさびあさねぎをぬりたくるなか

『神々の勤退票〈タイムカード〉』

 伊弉諾の裁くところにわれがありポータープール一周す

 岩戸を叩く神々がゐて蕎麦の一滴の残すわれおり

 素裸のうずめのみこと首にせしストリップ・バー睨む酔漢

 天を識るすべなどあらじガス器具の点検ばかりするがわれなり

 運ばれし麦の声すら聞へたる群小詩人のゆへむたる耳

 須佐之男のような男かわれはまだ姉をなぐった夜を背負ひき

 ハイウェイが黄泉比良坂へつづくならきみとふたたび逢へるものかや

 ビル風が吹けば八岐の大蛇へと生贄となる労働者たち

 八塩折之酒では酔えず翌る日の労働すべて滅ぼすきみよ

 泣いてゐる兎の一羽慰むも追加サービスためらう八千矛神
 
 夜勤明けつけ火ありしかお宮にて木花咲耶姫火を渡りゆく

 詠み人のサービスカット欲したり深夜カードの残高を見ぬ

 氏神のコールタールも光る朝ひとしずくとてわれを赦さず

6月と列車

 6月は列車の月だったような気がする。
 実際にどこか遠くへ旅をしたわけじゃない。せいぜい病院へ向かうバスや、三宮までの道を歩いただけだ。それでも今月は、ホームで列車を待つような気分ばかり味わっていた。生活保護費の入金を待ち、工賃を待ち、noteの審査を待ち、病院の紹介状を待ち、眠気を待ち、薬が効くのを待ち、そして7月を待った。

 待つことは、おれにとっていちばん苦手な行為だ。アルコール依存症は、待ち時間がそのまま飲酒欲求になった。診察が終われば一杯、買いものが終われば一杯、夕方になれば一杯。いまでもストレスがかかると酒のことを考える。でも、この6月は酒よりもギターを触る時間のほうが長かった。

 「CQB」を何度も録音した。弾き直し、聴き返し、また録る。ようやく気づいたのは、コード進行ではなく右手だった。同じ強さで弾いていては曲は育たない。アクセント、余韻、空白。エレキでしか出せない音もあるが、アコースティックでしか歌えない息づかいもある。来年のレコーディングへ向けて予定表を作り、スタジオ代を計算し、機材費を積み立てることにした。数字ばかり眺めているようで、その実、未来を数えていたのだ。

 その代わりに文学は遠ざかった。小説は読めない。詩も書けない。短歌は森先生に「余裕があり過ぎる」と評された。悔しかった。しかし反論する気にもなれなかった。おれはいま、文学のなかではなく、音楽のなかで失敗したいのだ。オープンマイクで恥をかき、ライブで曲を育てたい。そのほうがずっと健康的な敗北に思える。

 月末には同級生への手紙を書いた。毎年冬に送る、もう恒例になった便りだ。書いていて思った。結局、おれは文章を書くことをやめられないらしい。日記はもはや精神安定剤であり、思考を可視化するための装置だ。頭のなかだけでは混濁する考えも、文字になれば整列する。書いているうちは、まだ列車は脱線しない。

 来月、おれは42歳になる。人生は長距離列車ではなくなった。停車駅の数も、残された線路も、おおよそ見えている。それでもホームに立ち尽くしているつもりはない。音楽のある場所へ、人のいる場所へ向かう列車なら、まだ乗り遅れてはいないと信じたい。

 雨の6月だった。湿気でギターは狂い、睡眠は浅く、左足は痛み、財布の中身はいつも軽かった。それでも、おれは来年の録音予定を書き終え、新しいnoteを立ち上げ、一本の手紙を書き上げた。列車はゆっくりでいい。途中で何度停まってもいい。発車時刻を見失わなければ、それで充分だと思う。

音楽の近情

6月はずっと足が痛かった。痛みというものは不思議なもので、じぶんの意識をそこへ吸い寄せる。なにかを書こうとしても、なにかを考えようとしても、まず足が痛い。水を飲んでも痛い。映画を観ても痛い。ギターを抱えても痛い。やがて世界は足の痛みを中心に回りはじめる。だから音楽どころではなかった。

 それでもギターには触っていた。いま主にやっているのは「CQB」という古い曲の手直しである。原型は二〇一八年頃には出来ていたとおもう。いや、そのまえかも知れない。とにかく長いこと抱えたまま放置していた。今回ひさしぶりに録音してみて、ようやく曲の骨格が見えてきた。

 以前の「CQB」はコードが多すぎた。テンションコードも多かった。じぶんでは気に入っていたが、実際に歌いながら弾くと指が追いつかない。音楽は頭のなかだけでは完成しない。躰が追随できなければ意味がない。そこでコードを減らしたり、運指を簡略化したりしていた。サビではAadd9やBadd9も試したが、どうも曲の性格に合わない。結局、FM7/9からEm7sus4へ落ちる進行に落ち着いた。上昇ではなく下降する響きのほうが、この曲には似合う。

 先日はアコギでリハーサルを録音した。すると隣人から苦情が来た。平日の昼間だったので油断していた。アコースティックギターは思った以上に音が洩れるらしい。サウンドホールカバーを買うか、練習スタジオへ行くか、あるいは完全にエレキ中心へ移行するか。新しい問題が増えた。

 だが、問題ばかりでもない。オープンマイクへの参加も考えている。八月六日、大阪・十三での演奏だ。まだ人前で演奏できる水準ではないとおもう反面、いつまでも室のなかで録音ばかりしていても仕方がない。歌は相変わらず下手だし、録音を聴けば嫌になる。それでも録音する。録音して嫌になり、また録音する。その繰り返しでしか前へは進めない。

 おれの理想は、Yo La Tengoの演奏を背景に、眞名子新が歌っているようなアルバムだ。もちろん実際にはそんなもの出来るわけがない。しかし夢というのは、たいてい出来ないものを指している。二〇二七年の冬には録音を始めたい。スライドギターやチェロ、ウッドベースやドラムも入れたい。現状では夢物語だが、それでも夢を見なければ音楽などつづかない。

 足はまだ痛む。金曜日にはまた病院だ。それでも最近は少しだけ先のことを考えられるようになった。たぶん、それだけでも充分なのだろう。

映画『地獄の黙示録』寸評




 戦争映画というのは奇妙なジャンルである。反戦を謳いながら戦争の魅力に取り憑かれ、戦争の魅力を描こうとすると反戦映画として消費される。『地獄の黙示録』はその矛盾を正面から引き受けた作品だ。少なくとも、わたしにはそう見える。

 この映画を観ていておもうのは、ベトナム戦争が描かれているのではなく、人間の内部にある「戦争」が描かれているということだ。カーツ大佐は狂人として語られる。しかし、かれはほんとうに狂っているのだろうか。むしろ狂っているのは、ナパームで森を焼き払いながらワーグナーを流し、サーフィンの話ばかりしている軍隊のほうではないか。カーツはその帰結に過ぎない。極限まで合理化された暴力が、最後にひとりの人間のなかで結晶した姿がカーツなのだ。

 最近、「悪の遠近法」ということを考えている。遠くから見れば怪物だが、近づいてみると案外つまらない人間だったりする。ところが本作のカーツは逆だ。遠くから見ればただの脱走兵だが、近づくにつれて神話的な存在になってゆく。だからこの映画はサスペンスではなく巡礼に近い。ウィラード大尉は敵を追っているのではなく、人間の最深部へ向かって川を遡行している。

 しかし、この映画にも不満はある。映像は圧倒的だ。ヘリコプターの編隊も、炎上する密林も、夜の河も忘れ難い。だが、映像の力があまりにも強過ぎて、人間がしばしば置き去りになる。兵士たちは死ぬが、その死は情景の一部として処理されることが多い。わたしはそこに一抹の空虚さを感じる。映画が巨大な幻覚になればなるほど、生身の人間が遠ざかってしまう。

 とはいえ、この作品を否定することはできない。なぜなら『地獄の黙示録』は戦争映画である以前に、人間が暴力というものにどう魅了されるかを描いた映画だからだ。正義も祖国も民主主義も、川を遡るにつれて剥がれ落ちてゆく。そして最後に残るのは、ただ剥き出しの暴力だけである。

 映画が終わったあと、わたしはカーツよりもウィラードのことを考えていた。怪物を殺した人間は、その後どうやって生きてゆくのか。たぶん本作が本当に描きたかったのは、その問いだったのだろう。