Amazon Prime Videoで'93年のドラマ『高校教師』のつづきを観ていた。
個人的には'99年の『世紀末の詩』がベストだとおもっている。
社会制度による庇護を受けてる身分からすると、
そして愛憎あるいは対立のドラマツルギーからの脱出が不可能にな
オープンマイクへ
またアコギを弾く。オープンコードがきれいに鳴らない。
オープンマイクは弾きやすさを優先してエレキでやることにした。
8月26日、十三へ向かった。2ドリンク¥1,
エレキを持ち込んだ演者はおれを含めて3人。
しばらくはraincoatに月1で出演しよう。
「春」は去年書いた新曲だ。ほかにも「
むかしのDTM音源も聴き返した。
次のオープンマイクは来月13日の日曜日、13時から。
おれには、まだ演奏する曲がある。
陽だまりにうらぎりひとつうそひとつ固まってまだ温かい
陽だまりにうらぎりひとつうそひとつ固まってまだ温かい
襟なびく一瞬われを見失うときのはざまに祖父が降りたり
水天にあまるくちびる 飴売りの声などここにあらずや南
青葱の根を刈るしぐさ夏がまだ生き残るのにかれらを殺す
雲という言語のひとつ見失うさびあさねぎをぬりたくるなか
『神々の勤退票〈タイムカード〉』
伊弉諾の裁くところにわれがありポータープール一周す
岩戸を叩く神々がゐて蕎麦の一滴の残すわれおり
素裸のうずめのみこと首にせしストリップ・バー睨む酔漢
天を識るすべなどあらじガス器具の点検ばかりするがわれなり
運ばれし麦の声すら聞へたる群小詩人のゆへむたる耳
須佐之男のような男かわれはまだ姉をなぐった夜を背負ひき
ハイウェイが黄泉比良坂へつづくならきみとふたたび逢へるものか
ビル風が吹けば八岐の大蛇へと生贄となる労働者たち
八塩折之酒では酔えず翌る日の労働すべて滅ぼすきみよ
泣いてゐる兎の一羽慰むも追加サービスためらう八千矛神
夜勤明けつけ火ありしかお宮にて木花咲耶姫火を渡りゆく
詠み人のサービスカット欲したり深夜カードの残高を見ぬ
氏神のコールタールも光る朝ひとしずくとてわれを赦さず
6月と列車
6月は列車の月だったような気がする。
実際にどこか遠くへ旅をしたわけじゃない。
待つことは、おれにとっていちばん苦手な行為だ。
「CQB」を何度も録音した。弾き直し、聴き返し、また録る。
その代わりに文学は遠ざかった。小説は読めない。詩も書けない。
月末には同級生への手紙を書いた。毎年冬に送る、
来月、おれは42歳になる。人生は長距離列車ではなくなった。
雨の6月だった。湿気でギターは狂い、睡眠は浅く、左足は痛み、
音楽の近情
6月はずっと足が痛かった。痛みというものは不思議なもので、
それでもギターには触っていた。いま主にやっているのは「
以前の「CQB」はコードが多すぎた。
先日はアコギでリハーサルを録音した。
だが、問題ばかりでもない。
おれの理想は、Yo La Tengoの演奏を背景に、
足はまだ痛む。金曜日にはまた病院だ。
映画『地獄の黙示録』寸評
戦争映画というのは奇妙なジャンルである。
この映画を観ていておもうのは、
最近、「悪の遠近法」ということを考えている。
しかし、この映画にも不満はある。映像は圧倒的だ。
とはいえ、この作品を否定することはできない。なぜなら『
映画が終わったあと、