祈りさえなくてさまよう言霊もあってかがやく青果店かな
むさしののゆうぐれかすむわれさえもかげに過ぎない三叉路を絶つ
Perfume展観る ふぞろいのツーピースを着る夢を見る
やがてまだかがやく兆しすらなくて回送バスのランプが赫い
きぬずれのようなことばだ 迂回路を示す表示がきょうもしらを切る
かたりべのいない場所へとながれつくだれのものともつかぬレシー
いろのないゆめばかりみる だれもいない部屋で気づく真夜中
白夜をたどるみちみちにおもったぼくの不在通知
あてどなくまようがままの予感して給湯器の電池が切れた
のみちゆくけもののような在り方で女が歩く モーゼルの水鉄
雨さえやさしいしかたでうばう まだけがれのないぬいぐるみ
ふくしゅうすべきやつもなく道具箱のパレットナイフさびぬ
どうだんつつじも秋めくいっぱいの眼に羞じらいもなくって
雨ざらしのなかでじっとしてる 光りを待つ駅のようなひとたち
dark was the light
まどうひとばかり駅にいる ホラー映画のポスターのように
きみの手に救いが落ちる炎天のゆらぎ+αを待つゆうぐれて
兄の不在つづく 夢から醒めたようにだれもいない診察室
ゆるぎたつ樹も眠りたり真夜中の階段ひとつ飛ばす父おり
きみのせいにすればいいかとおもい至った秋の運動会
はつ恋もなくてひとりのひととして欠けているのさ焼き林檎食む
どうせきみのことならいつだって忘れてる たとえば話し方やなんかを
ふつふつと泡立つ鍋よ やがて来る恋人なんかきょうはいらない
闇だってかつては光り 澱みなどなかったような水脈を歩けば
探しものするふりをする列車内 知らないひとの眼をさけるべく
緑青の顔彩買いぬ きみにさえ見せぬ絵などをいまだに持ちつ
「九月一日(いつぴ)」
きみを身ごもりたいという科白一行削除する秋
くちなしの花が咲いたよあなたには死んでもらうと告げる看護師
訪問者たち
終わりのない芝居のようだ 春でさえパレットのただ一片の絵の具
河のようにテールランプがつづく夜 まるでわたしを悼む送り火
ガシャポンの玉を眺める はるかまだ幼いときの景色とともに
ヒール靴きょうもはかない ベッドにて青春歌集を読めばいいかと
心理士のひとみが泳ぐ 質問の中断さえもきょうはやさしい
バウムクーヘンのはじっこ嚼みぬ 夏ごよみしまい忘れて雨なお烈し
ささくれだった心理が痛む 草の葉をかさねてナイフづくめのきみ
要らないほうがいいっていうことか 回廊に花撒くひと
鉛筆の芯をそろえる画布のまえ 同一性をわれは蔑みする
shutout する声声 いつからかおもいでを棄てる缶詰の豆
洗濯物ゆれる鈍いそら高くそれぞれにおもい水の滴るを見る
童顔のためにいつも苦心するともだち DMにこぼす その日のゆうぐれ
「蒼穹と呼べるものなし」天空の都市をおもわす ひとひらの通知書
デイサービスの車駈け抜ける 真昼間に天使おらずや腕の傷
恢復期むかえたままか まぼろしの木馬よりそう訪問者たち
苦い汗 膚をつつむに立秋のかぜが吹きたる午後四時過ぎる
おもいたってスカートを穿く ゆうぞらに適う記号なくって
アクリルの絵の具をえらぶ 世界堂の果てまで進むひとなどありぬ
死をおもうほどのこともなかったり夜のサイダー飲み終えたりぬ
花さわぐ颱風一過いくつかのフラグメントがぬりつぶさるる
夢を読む
はらからもなくてみどりを愛でるのみ午後一輪の花が咲くまで
そしてまた子供の声が遠ざかる西日の高さに町も沈みて
それまでのきみの肉体とはちがうものに飼われて愛も終わりぬ
メサイヤにあらずや偽書よありうべき歴史なんぞはいずくにもなし
ぼくがまだきみの咎人たるならば罪滅ぼしに口を噤もう
戸口までがやっとだったね きみの手がとどかないまま別れを告げる
でがらしの紅茶を啜る冬の日の木馬がゆれる午後のあかるさ
みながみな蟻のようだとつぶやいた子供のまなこビー玉みたい
髪を切る乙女の挿話 ここにゐるすべてのひとに教えはしない
たが神も神の名をもて争いし地平の果ての掟に背く
むだぼえの犬がおります かぜのなかだれを呼ぶのかその声でいま
ながゆめの夜よひとに死ねという父のようにはなりたくはない
公団の窓が明るむ帰途 いつか羽持ちたいと祈る犬かな
疑問する生理の痛苦 子供などわたしになんのかかわりもなく
作業所の静かさまでがおもくある 心のドアがきょうも開かない
祈祷書のページをめくる秋暮れて信心なんぞわれになかれど
マヨネーズ搾る朝なりトーストの最後のいちまい大葉をちらす
雷光のように画面が現れるスマホ地獄の隷のあまた
眠りを語る よるべなきその横顔が愛しいような朝のたくらみ
問いかけるまでもなくていまきみのまわりを戦ぐ孤立にさえほほえ
よすがとはみどりのからす道つづくということにわれ存る
夢を読む なんでもないよなふりをして魚群よこぎる天使はだぁれ?
オータム・ブルーム
両手にはなにもなくてもいいのにな果実くすねるぼくのうしろよ
しろがねの秋のおもいで抱きしめる孤独の温度いまだわからず
天唇の綻び見たり秋の夜の光りのなかで茗荷刻みつ
ぬくぬくと毛布のなかでくり返すあの日の夜の約束忘る
わたしならああいわない猫の手が次のせりふを遮るならば
じゃぼんという音が跳ねて気づくとだれもない浴槽にわれひとり
タンポポの花が砕けてちる跡に城が建つかと見守る猫よ
ここでまた逢いましょうとはいえはしないぼくの不在を知らしめるため
わたしのなかに鬼がいるならかくれんぼして迷子になりたい祭りのあとの
できあいの恋のみぞ知る月光が冴えざえとしてる駅の上を
ゆうやみにふかづめ光る花のごと凋れるおもい抱えきれない
まだ夜が温かいよな寂しいなきみの躰のいちぶになりたい
ことさらにアイスを欲す ゆうぐれの少年たちの没落を見て
ぜいたくな花の最後か路上にて死んだ花びらいくつも踏みつ
あじさいのなかで女がたちどまる声なき雨季の果てのはてまで
子鴉のまなざしわれを見下ろして預言するなりわが来世なぞ
ふうげつに厭きてひとりの家路すらなにも見えないさよならきのう
パイロンの群れ掻き分けてその道にだれもいないという道しるべあり
性にうずく夜もあらんか両足を抱えてひとりテレビを眺む
きざはしのむこうにひとつ陽が落ちる抱擁もなき明日の始まり
櫂ひとつ流れる河よ陸橋の上より唾する苦いつば
ことばなんかじゃなかった幾千の星に問いかけるまなざし
わたしとて譬喩に過ぎないブランコを蹴って消え去る秋のかぜ聴く
遊具抱く子供のひとりさみしさが草の匂いにまぎれてとどく
めぐって、めぐって、
めぐりつつどうしたものかわたしがいないそんな朝すら愛しくおも
仮面劇 真昼の稽古眺めつつ役者のひとりわれは恋する
ながゆめのさなかになにか落ちて来る ぼくの知らないくちびるなんか
去りながらことばを噤む いつかまた会えないことを労りながら
かつてまだ幼いわたし 心臓の音楽を聴くパルティータかな
なべて世はいかがわしきを是といいてわれまたみずからを惑せる
ひと知れずゆくえ知れずの道がまた荊のなかに始まってゐる
長き夜の光りのありか公園を一周まわって惑星を観る
ながら寝の真昼よ星よ一冊の文庫本すらきょうも読めない
とまどいのなかにかくれて暮らしてるきみに似てるなあの猫なんて
明け方のギター それはぼくにとっての魔法たりえる
ないがしろにされた犬たちが都会を歩く 比喩なき夢
そしてまたひとが消え入る芒原 わたしの足がそこにつづいて
いずれにせよ、きみが焼き肉食べてるときがいちばん好きだ
ひとりだけ咎を憶える給食の最後の者になりさえすれば
きのうすら憶えられない教科書のページいちまいかまどに焼べる
閉鎖病棟の暗がり 男がひとり唱えたる地動説などわたしは信ず
単語帳ひろげる少女 欄干のはじにすわったひとたちが飛ぶ
星ひとつささやく路上 あぶなげなわたしの過去をすべて奪って
めぐって、めぐって、いつかきみの棲む街にゆきたいある日の夕べ
長い腕のなかのおとぎばなし
わが冬の細雪さえ遠ざかる二月の真午手のひらに落つ
だれもないひざかりにただ忘れられ真っ赤な靴のヒールが黒い
夜露照らされて窓いっぱいに光りの粒ばかりある夜半すぎれば
大鳥の来る日来たらず一壜のインクぶちまけたような夜が訪れ
帽子という一語は比喩だ、こうやって追い放たれた顔を匿う
腕長き男のなかに抱かれてわたしのいまを葬り去りぬ
夢に視た、塚本邦雄その貌は決して眼鏡をかけてなかった
どうしてだろう?──花壜の埃ばかりが眼に留まる週末の夜
牛になりたい石になりたい願うなら黙って茎を握るがいいさ
とどまってばかりいるかないつのまにきみへの手紙棄ててしまった
求人を手漁るばかり夜越えていつか軛にありつくまでは
摘みゆきて花のなまえを忘れたる男のひとりかくれんぼする
大父の死を待つ真昼叢に片足のない人形がある
凪はるか地平にあふれしたたかに奪い去るのかこのおれでさえ
荒れ野にて、映画館にて、西部にて、冬の潮音を追いかけてゆく
おもかげをかぜに与えて去ることのうれしいような寂しさばっかり
苦笑うぼくの愁いはやがて飛び展開図面のようにひろがる
それでなお消えてゆくしかないという声が聞えて来る桟橋へ
からたちの花の雌蕊のなかに埋もれたくおもえばかつて逢えたひと
雲沈むゆくままにしてぼくはぼくの愁いを日給袋にしたためるのみ
だれがまたぼくを呼ぶだろうか意識する脳髄のなかのかたむきなど
たまさかの光りのなかを鯱泳ぐ いつかのように泣いてみたいよ
黒々と波打つ夜よ 星のない都市の澱みに月をください
飛ぶ鳥がわれを連れ去る夢はるか目蓋のうちに輝いてゐた
夏の死が家政学科を侵すとき、制服の裾わずかにゆれる
わたしという一人称を切断する踏切あかず取り残されて
友だちになれなかったね けっきょくは雨上がりの街かも知らず
甲虫の翅を毟って占えば、あした一日天使になれず
通学路かつての友を追いかけて草迷宮に攫われた朝
ないがしろの花ばかりがわたしの手のなかで凋れている
夜の蛇 わたしの首を絞めに来る殺意を超えたやさしさなど