a nut head with rainlung [part 2]

a nut head with rainlung [part 2]

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 花が降る 桔梗が好きだった子供時代をおもうとき、葬儀屋の娘が剪定鋏を失ってしまう だからといってみな殺しにするわけにはいかない 時計職人の眼のなかの針 はじめて動きだした時間がじぶんを獲得するなかで、わたしは税官吏と出会う かれは虫垂炎を患っている 慈悲とはむずかしいといって、突然退職した 後任人事は名画座の俳優で、小さなランタンを持ったまま、国税庁のオフィスで探検を夢見ている なんと素晴らしい木曜日 

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 紫陽花がゆれる 隠語を持たない世界では、星の調律師が忙しい そんな情景をまだ大切していたい 脳髄を走る髄液の音が、骨をゆらす ゆらす ゆらす たやすく寝台になだれ、ほぐれてゆく男女は映画の文法を守れないでいる 林を抜けた、竹取の翁が黄金の祠をめざすとき、すべての詩人にわかれを告げてぼくはコップに牛乳を注ぐだろう おそらく人体が惑星と混合したあとに去来する魂しいの熾き火に、まぎれもない人間軽視の一瞥を加えるために

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 ならずものの心と、天使の肉体を持った少女たちが万引きに忙しい夜 回転式のナイフを持って小役人が苺畑に侵入するのも、なかなかの見ものだ 言葉が機能不全に陥った家族とともに食卓を囲むなか、おれが見つけたのはたったひとつの心理 母さん、ぼくはがんばったんだ じぶんに課せられたものについて素直に考えようとした いまはじぶんを恥ずかしくおもっている 絶えない警告のなかで河水の氾濫をただ見守っています

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 ボーキサイトが爆発するタリバンの反乱で、萌え枕が殺害された 切り裂かれた少女絵の首 その首塚に足を踏み入れる日本人は登場するのかが、連載中止でわからなくなったのは朝 ふたりの子供と一匹の猫と、刺青をされた女が舞台の位置関係に煩悶しながら、演出家の指示を待っている 半世紀も待っている やがて育ちすぎた樅の木と、一羽の百舌鳥が、ひらかれたエナメル・ジャケットのなかで醗酵し、放浪詩篇を英訳するとき、おれはかならず生まれ変わる

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 いつだったか、きみの眼がぼくを見たとき、どうしたものか、ぼくは声を失ってしまった あれから21年 きみは子供を産み、育ててきた ぼくは酒を呑み、墜ちてしまった 輪切りにされたボーイングが格納された倉庫とともに かつての愛唱歌をリピートしつづける男 強奪された記憶が破裂する町で、警官が銃を奪われる ぼくはきっともうもどらない 詩のなかですら棲み処にはならず、たったひとり蚕食される存在として君臨するだろう

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12 years old


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 おれは教室で絵を描いてた
 休み時間はずっとそうやって過ごした
 あるとき、おれの背中を鋭いものが走った
 転校以来、おれを虐めてるやつが革ベルトで鞭打ったんだ
 一瞬の衝撃におれは立ち上がった、鉄の定規を握って、
 でも、それまでだった、あとは痛みで動けなくなって、
 気がつくと、泣いてた 同級生が集まっておれを見た
 やつが泣くのはめずらしいとだれかがいった
 おれは見世物のように、むきだしの痛みのなかで全員を呪った
 
 それからずっと立って卒業の時期なった
 与えられた作文の課題におれはTのことを書いた
 おれを鞭打ったT、そして目のまえにいるTは、
 ニヤニヤ、ニヤニヤ、醜い笑顔でおれを見下ろし、
 おれの作文を嘲った、そして「おれのなまえは書くなよ」といった
 おれはやつのなまえを消してやった そして提出した
 担任からは「こんなものを書くな」といわれ、
 タイムカプセルには入れさせてもらえなかった
 
 さらに時間が経って高校に入ったころ、
 駅ビルのエレベータまえでTに出くわした
 その隣には12からずっと好きだったYがいた
 なんてこった、女ってやつはどうして不良に弱いんだ
 まるで似合いのお雛さまみてえじゃねえかよ
 おれはまったく打ちのめされ、
 そして言葉を失った
 そしてYの笑顔から目をそらし、
 さっさと挨拶をして、去ってしまった
 
 あれから21年、いまだにおれはやつを探してる
 おれのなかのやつをぶちのめすために
 おれの存在をかけて過去に遡る
 それが無意味だといちばんわかってるのはおれ
 おれだけでしかないという索漠のなかで、
 張力と緊張を失った怒りと響きのなかで、
 おれの最良を求めて、まぼろしのなかでやつを殺してた
 じゃあな。

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