短歌日記56


   *


 夏の嵐 かぜにまぎれて去るひとかげを追っていまだ正体もなく


 たれゆえに叫ばんか夏草の枯るるところまで歩めるわれは


 浴槽が充ちる早さで夜が凪ぐ嵐のあとの傍白を聴け


 なにもかもが淡いよ夏のかげろうの辻をひとりで帰る足許


 '90sを歩いたぼくら 庭先の犬の眼にキッスを送る

 
 醒めかけた夢が頭蓋をゆらす昼 鍋に刻んだ鶏肉入れる


 かたわらにだれがなくとも歩むのみ夏の鏡に揺れる祝祭


 なにげなくかの女のなまえくりかす口の運動ですらなくとも


 免罪符なかれば奔れ かぜのなか埋もれるだろう陽のひかりまで


 満潮のときよ潮を流れ来る魂しいらしきものなどあらず


 いずれまた夢で逢おうか弟よきみの非在をしばし悲しむ


 ウレシカレカナシカレカナ夏ノ日ノマボロシタチノ宴ハツヅク


 ディスコって夏のようだね天蓋のミラーボールみな発狂す


 so I knew, くちごもりつつテレビにて深夜放送の受信が終わる


 汗ぬぐうわれらの予感・夏の夜にきみが語りぬおとぎの匂い


 ぽっかりと暗くなりたり郊外の花を摘みゆく女がひとり


 so I gone, 秒針刻むきみの眼の奥に潜んだためらいなぞも


 バスドラム敲くペダルよ夏蝶のゆくえを追ってわれに伝えよ

 
 かすかなれ安らぐときに存るならばきみのなまえをみずから忘る


 かぜ吹けば校舎のなかのさまざまな壁にあまたの似顔が笑う


 海岸線ゆられて帰る魂しいのもっともやわいところまでゆく


 ないがしろにされたまんまで猫がいう「きょうがおまえの終わりの夜だ」。


 それでいい 樹下に入れり真昼どき 迷いのなかにもうひとりのきみ


   *