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地の糧もなくて窮するひとりのみ草掻き分けて見知らぬ土地へ
やがて知る花のなまえを葬ればとりわけ夜が明るくなりぬ
ふりむきざまにきみをなぐさむ窓さえも光り失う午後の憧憬
たとえれば葡萄の果肉 季節とはわれを分割する鏡
星幾多あればわたしを解き放つ光りがありぬ幾億光年
魂しいの襞に隠れてさまざまの宇宙を駈ける銀の馬たち
文月に生まれしわれは夏ぎらい 水に還らぬおもいの幾多
見も知らぬ手紙のなかに空洞のうろがひろがる時雨のなかで
夏来たり雲に合図を送りたり少女のひとり片手をあぐる
文月に眠れる女眺めやる詞のすべて通り過ぐとき
詞書を書くよるべもあらずしみじみと水をかぶりし射光のはざま
あすをも知らず生きるべきかな蜜蠟を靴に塗りたり日曜の夜
夏衣 天に融けゆく一瞬を見届けて猶暑さひかず
水を撒く芝のおもてを走り去る禽獣わずかふるえてゐたり
青蘆のひろがる真昼この世すら棲家にならぬものたちもゐて
かすむ陽よ葎のなかに逃れては取り残さるるぼくの姿よ
青みどろひろがる池が迫り来る夢譚のなかのわれの足許
未明にてかりんの花が咲き誇る 人間たちの知らない場所で
かぜも死す 街区のなかに落とされてひとり暑さに汗を飛ばした
夏期手当なくてひとりの午後を過ぐ賃貸更新料も払えず
青林檎転がる土地よきみに似た少女がいまだ帰らぬ道
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