短歌

父殺し 2024/04/14

詞書 此処に至っても、いまだ父を殺す夢を見てゐる うつくしき仕事ありしか夏の日の父を殺せしわが夢の果て ジャン・ギャバンの左眉かすめていま過ぎる急行のかげ 地球儀を西瓜のごとく切る真昼 夏に焦がれた蟻が群がる 老犬のような父あり土を掘るだれも望…

ベルモンドの唇  04/13

ながゆめのねむりもさめて梁あがる涙まじりの淡いため息 去るひとよものみな寂しかたときも放さなかつた希みもあらじ 意味論のむいみをわらう線引きの多き書物の手垢をなぞる 夏よ──ふたたび駈け抜けん未勝利レースきようも観るのみ 桃のごと手のひら朱む水…

光りについての短詩篇

* 光が光りを失えば もう歩かなくとも済むだろう 闇が闇を失えば しゃべらなくとも済むだろう 光はいつも道を指し 闇はことばを誘いだして ぼくを孤りにしてしまう きょうまで光りから遁れ 昏さからも遁れて来た けれどもうおもてへでてあの流れに入る * …

短歌日記79

* 日干しする鰯の顔にぎらついたわれが映った両の眼の真昼 それは否 これも否かな ひとびとが遠く離れる夜中の気分 立ち昇る狼煙のごとく葬儀屋の建物がまた軒を閉じゐる 人間の家が心のなかになくきみのことばに滅ぶ祝祭 色が迸る 輪郭を突き破っては光り…

短歌日記74

* バロウズの酔夢のうちに横たわるおれの余生のカットアップは 塒なく地上をわれの巣と見做す老夫もあらじ秋の地平よ かぎりなくヤヘクの夢を見るときのアジア革命ひとり眺むる 呼ぶ声もなくて寝床に眼を醒ますヘロイン切れの酔い覚めの寂しさ わがうちのin…

短歌日記66

* 泣きそうな顔で見つめる 西陽にはきみの知らない情景がある 汗の染むシャツの襟ぐり 指でもてなぞるたえまない陽の光りのなかで きのうとはちがうひとだね きみがまた変身してる九月の終わり 涙顔するはきのうのきみのはず いてもたってもいられぬ孤独 探…

短歌日記65

* 弔いの花はなかりき棺さえ枯れた地面に置かれ朽ちたり ぼくばかりが遠ざかるなり道はずれいま一輪の花を咥える 痛みとは永久の慰みいくつかの道路標識狂いたるかな ことばなきわたし語りがときを成すいずれ寂しきわれらの夜に 発語する勇気もなくて立ち去…

短歌日記64

* たそがれの一群われのかげを過ぐ黄昏色の月曜のなか 秋来たり水辺に群れる鳥ありていままたひとつペン軸失くす ためらいのなかに小さな家族棲むいつかのような無表情で かたときも手放せずにおられぬと帽子を掴む秋の茫洋 それがまだわからずにておらえれ…

短歌日記63

* 雲澱む雨の予感のなかにさえ慄いてゐる三輪車たち さよならといえば口まで苦くなる彼方のひとの呼び声はなし カリンバを弾く指もて愛撫するわが身のうちのきみの左手 ゆうづきの充ちる水桶ゆれながらわれを誘う午後の失意よ 手鏡を失う真夏・地下鉄の3番…

短歌日記62

* モリッシーのごと花束をふりまわせ夏盛りぬときの庵に 待つひともなくて広場に佇める地上のひとよわれも寂しい 蝶服記ひとり観るなり眼病のおもいでなどはわれになかれど ものもらいおもいにふける金色のゆうぐれなどはここにはあらじ いちじつの終わり来…

短歌日記61

* 指で以て詩を確かめる未明にてレモンピールを浮かべたそらよ 手慰む詩集の幾多ひらげては撃墜されし雷雲を追う 夢のなかに愛しきものはありはせず河の流れが頭を伝う 荒れ地にて花を植えたり詩語などつつしみながら丘を下れり 待っている 果樹園にただ燈…

短歌日記60

* 毀れやすき殻のうちにて閉じこもる卵男のような少年 箒すら刑具おもわす蒼穹≪あおぞら≫に逆立つ藁の幾本を抜く 幻蝕のさなかの夜をおもいだすたとえば青いライトのなかで 街かたむきつつあり寝台のうえにおかれた上着が落ちる 菊よりも苦き涙よ零れ落ちや…

短歌日記59

* 雷鳴のとどく場所まで駈けてゆく光りのなかの愉しい家族 待つ男 笑う価値さえないおれのこころの澱をいま立ち上がる 駅じゅうにおなじ女が立ちふさぐ地上に愛のなきことに啼き 友だちがいるならいずれわが骨を拾わすといいてひとりの夏 隠さないで──きみ…

短歌日記58

* 夜なべてほむらをかこむきみのためくべる夏の樹燃え落ちるまで 風景論なくば真夏の太陽を力点としてカンバスを放て すべての朝のためにできるのはきみのため息燃やすことのみ やがてまたぼくが終わろうとする夜に蝉のぬけがら一切を拒む なが夢のさなかに…

短歌日記57

* 寺山短歌からの離乳が現時点での目標だ。いままで耽溺して来た世界からの離郷こそが鍵のような気がしている。多くの時間を前衛短歌の模倣のために過ごしてきたが、ここらへんで変転を遂げねばならない。といわけで前作からつづけて意識的に寺山式の詠みか…

短歌日記56

* 夏の嵐 かぜにまぎれて去るひとかげを追っていまだ正体もなく たれゆえに叫ばんか夏草の枯るるところまで歩めるわれは 浴槽が充ちる早さで夜が凪ぐ嵐のあとの傍白を聴け なにもかもが淡いよ夏のかげろうの辻をひとりで帰る足許 '90sを歩いたぼくら 庭先の…

短歌日記55

* ふたつきも遅れて知れりマーク・スチュワートの死などをおもうわれの六月 かつてまだ清きわれなどありはせず水桶ひとつ枯れて立つのみ 大粒の汗ながれたりおもづらに不安が充ちる拳闘士かな 別離のほかに道などあらず静脈の畔に集う農夫のふたり うすらび…

短歌日記54

* 旅に酔うわれの頭蓋を飛びながら夏を知らせる雲の分裂 寂しさを指折りかぞえ駅まえの自販機のみに告げる憂愁 苦悩とは愚者の涙か森に立つ告白以前の影法師たち 雨がいう──おまえは隠者 かたわらに水を抱えて眠る仔牛よ わが魂の未明を照らす犀おれば祈り…

短歌日記53

* 人間という病いは癒えず真夜中の修辞のひとついま見失う 雨季来たり帽子の比喩を探さんとするに紫陽花暗し 道わずか残して来たり夕月のもっとも高き空を見上ぐる わが過去の贖い終えていつの世か役目を終えて退場するか なにもかもさかりを過ぎて萎れゆく…

短歌日記52

* 救いなど求むる心勝るとき一羽の小鳥撃ち落としたり なだらかな地平の上を泳ぐ雲 われもいつか飛ばん ひとの死のもっとも暗い場所を掘る わが一生を忘れるために 森深くありたりひとり岩に坐すいずれ迎える臨終に寄せ 過去よりも信ずるものがなにもなく回…

短歌日記51

* ひとびとが河の姿で流れゆく未明の街の御伽噺よ たが母も腐れゆくなり鉄条網わが指刺さぬ一瞬のこと 世の光りわれを照らせと祈るのみ遙かな野火に癒されながら *

短歌日記51

* 蝶番はじけて夜が深くなる熾火の悪魔が笑う せめてものはなむけなればよしとする現代舞踏のなかの椅子たち いくつかの断章ひろう言葉とは自我を分断する鏡 挫かれて失う歌よ少年の日をいまおもう苦い水かな 存在も暮れてひとつになりにける鳥影過ぎるとき…

短歌日記50

* たそがれのもっとも明るい場所にゐて幼年時代の悪夢をおもう 星屑やわれを戒めこの街の流れのなかで永遠にあれ 青果店おそらく檸檬の爆弾を流通せんと企んでゐる ひとがみなわれを忘れて歩みゆく一瞬のやさしい渚 神の戸を開け給え、うつしよに燃ゆるキャ…

短歌日記49

* 歌論への試み 単一的な「コンビニ短歌」からの脱却方法 文語から口語、さらに交接歌へ 歌の墓場→新聞歌壇? テーマの逸散 なぜ歌人たちはより高い世界を見ようとしないのか 日常を超えて ユーモアとは戯けにあらず たったひとりで歌うこと * 詠むことの…

短歌日記48

* 雲分かつ光りのなかを雲雀飛ぶ 心の澱を灌ぐごとくに たれぞやの手袋ひとつ落ちており温もりわずか眼にて感ずる 鶫のようなひとがいましてぼくの手に羽根をひとひら落とす日常 暗がりに一羽のからす降り立ちぬ嘴の一瞬光りたる午后 星ひとり酒場を歩く夜…

短歌日記47

* ひとりずつ彼方へ消える冬の陽のもっとも昏い草原の果て 汝らに道などあらじ素裸で荊のなかに閉じ込められん ひとたらしの術ばかり憶えて中年の自身を憾む 真夜中の鈴 みどりごのみどりいろなる産着には赤い葉っぱが降り注ぐままなり 痛苦すら物語なり 芽…

短歌日記45

* 夕月の朧気なるを見つむるにひとはみな煙になるべし わが腿の火傷の痕よいままさに発光せし夜半の厨 なつのべに帰るところもなきがまま寄る辺を探すわれのさみしさ ゲートにて凭るるわれよ黒人の肩にゆれたる水瓶を見る 意志のないふりをつづけて文鳥の一…

短歌日記44

倖せという字を棄てる野辺に真っ赤な花咲くとき 咎人のわれが触れよとするまたたきに鳥の一羽が去ってしまった ヘロインの売人・歌う数え唄・ヤク中だらけの朝の街角 河枯れる陽だまりありぬ牛またぐ子供のかずを数える真昼 なみだぐむ玉葱姫よかなしみは心…

短歌日記42

* 水色のゆうぐればかりひとりのみクリームソーダを飲み終わりたり いくつかの木片ひろうくべる火を持たぬわが身の寂しさゆえに 言葉とて秩序に過ぎぬ 悪霊は百科事典のなかに棲むなり 陽だまりに冬日が落ちる真四角の空を抱いて飛ぶ天使たち 静寂も燃ゆる…

短歌日記41

* 暗がりの道で迷子にならぬようきみの手を引く幽霊の声 時にまたひとり裁かれながら立つ図書館まえの駅の群衆 チョコレートバー淋しく齧る午后の陽よいまだなにも了解せず 秋の水光れるなかを走り来て憂いを語る少年もゐる ジューサーのなかの果肉が踊りだ…