海についての断章


 かなしみの歌を唄えり群衆の声あらずまた顔あらず

 疾走する貨物列車の嘶きが馬のようだね/蜆を洗う

 口腔にうずく虫歯か いつの日のメモ帖やぶる焦燥の果て

 むしろまだ生きてゐたのか青虫の最期のひとつ弾く指先

 わるぢえの働くままに石を積む やさしき鬼の現るるまで

 映像詩人暗殺されし窓ふかく霧にまぎれし光りがひとつ

 意味をもてバーボンわりぬ叢雨の降りおり窓に遠のきながら

 ぶたくさが背中にゆれる またゆれる 踊り方など知らないおれら

 ずぶずぶと泥の道ゆく男すら神の化身に見える真夜中

 屋根を飛ぶ春の残滓を追いかける鳥もおらずやきょうは晴天

 秋を待つ処女のあなたが交差するセンター街の人混みなか

 鮭色のグロスをぬりぬ乙女らのなんと水水しき姦淫
  
 あきらめていいのだ われに残された積み木の家に灯をともすのみ

 死語あらば灰語もありぬ辞書ひとつ燃えつつわれの未来を拒む

 大丈夫、大丈夫だといってゐる駅アナウンスがハウってゐます

 かつどんの冷めたい真夏鶏卵をつつきながらもため息やまず

 つかのまの嵐来たりて煮魚の眼もうらがえる土曜の正午

 間食のベビーチーズよ忘れたきおもいでばかり盛る週末

 かえすがえすも波は波 手のひらに熱きものありし七月

 暗き窓一瞬光る魚たちのまなざし濁るみずいろの家

 火をかかぐ裸のリナよ燃えつきて貨物信仰いまに高鳴れ

 エーテルのような匂いだ 意識とは永久という語の誤解に過ぎず

 挑む犬 陽炎ばかり昇るなかわれと対峙すけものの瞳

 児童劇上演まぢか子供らの星と繋がる神話を知らぬ

 海渡る無名のひとよ神すらも道具たり得る世界を覘く