短歌日記29

   *


 鶫すら遠ざかるなりかげはみな冷たい頬に聖痕残す


 悲しけれ河を漂う夢にすら游びあらずや陽はかげりたる


 寂しかれゆうべの鍋を眺めやる もしや失くせし望みあるかと


 ぼくを裁く砂漠地帯の官吏らがミートボールに洗礼をす


 夜はブルーまたもブルーに染められて見えなくなったきみを愛する


 たれぞやの庭に葡萄の蔦あふれわれの家路へ走る夕立ち


 莇色のワンピースのみが残された物干し竿の淡いさみしさ


 夏蝶の翅が街色して遙か頭上をかすむ一瞬の午後


 涕らしきものあり ふいにあがれば沖が来てわれを掴んだ海のやさしさ


 砂踊る 波がしぶいてまざまざと心の澱へとどく日没


 追放の歌また聞ゆ藍染の幕いちまいを触媒として


 メフィストのいざないばかり魚屋で鰤の短冊しばらく見つむ


 死がうずく網戸のむこうきみの手がゆれるみたいなまぼろしがゐて


 葦ゆれて足がなくともかまわない亡霊蒐集家の家路

 
 見つむ愛育ちながらに叛逆を夢みいまだに気づかぬ母よ


   *