短歌日記7

 

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 真夜中の菜の花畑が帯電す 手を伸ばしてはいけないところ


 初夏の水いずれは枯るる花とてもいまはわたしを見つむるばかり


 やがて夏来るときわれは瑠璃色の西瓜のごとく糖蜜を抱く


 死んだものさえも愛しくなりぬ五月のみどりかけぬけてゆき


 苦しまぎれのうそのようなひとびとの声に騙されて


 だまし絵のように子供が逆上がる雲のうえへと昇る階段


 脅かすきみの眸のなかに棲む小人のようなぼくの分身


 火の化身 あるいは鬼火 狐火とともに歩めり不眠症かな


 町の裏手で巨人が眠る ぼくが犯した罪のせいだな


 梨熟れる十五の歳のあやまちを仮面に変えて歩く夜なり


 大根の葉っぱを茹でる過去たちと和解せぬまま一生を得る


 沈む石 ものみなやがて忘れゆくわがためにあれ固茹で卵


 逆上する女の化身死神とともに手をとり冥府を渡る


 浴場もとっぷり暮れる五月の日われはひとりの刃を研ぎぬ


 散骨のような莇が咲き誇る冥府の午後の世界線かな


 燕子花ふるえるような輪郭を見せているわれにずっと


 聞えてましたか ぼくがいままで翅のように呼吸していたときのすべてが


 たとえれば閉鎖病棟 受話器もて叫びつづける女がいたり


 初夏のことばのかぎり愛を問う死を待つような静かな通り


 わが愛の告白なんぞ価値もなく根菜ばかり食卓にある


 心ばかりの花さえも剪られ一瞬のさむざむしさ


 花を剪る花を剪る花を剪るそう告げて行方知れずの男


 まだぼくら未完の果実河岸に魚が跳ねる嘲りながら


 死はいずれ赦しとなるか森番の扉ひとつ開け放つのみ 

 

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