短歌日記57

 

   *


寺山短歌からの離乳が現時点での目標だ。いままで耽溺して来た世界からの離郷こそが鍵のような気がしている。多くの時間を前衛短歌の模倣のために過ごしてきたが、ここらへんで変転を遂げねばならない。といわけで前作からつづけて意識的に寺山式の詠みから離陸したいと考えている。


   *


 声ばかり此処にはありておきざりの棒葉眠れる夜のれいめい


 なおさらにきみをおもえばゆうぐれのおわりのいちごくちにつづまる


 公園の見張り塔にて子供らの兵士たちかな銃声もなく


 たそがれに凋む風船・いくつかの断章ばかり果てて転がる


 アキレスの戦いばかり男らの肉が絞まれる午後の潮騒


 月の夜の仕事がしたい 野辺をゆき棺のかどに釘打つような


 憐れかな敗北ばかり経験す寄る辺もあらず邦のみずぎわ


 けものすら去りぬゆうべの昏さにてきみのいばりがいまでも臭う


 口唇期からはじまったぼくの咎 エリク・エリクソンを読む真夏


 冷えた汗も正しく拭うわがために残れている干し草ばかり


 在りし日のきみのおもざし菜の花のなかにまぎらわしめよ月


 呼び声があればいいねと問いかけるきみの不在がひびく欄干


 ──と、おもえてならず夏の根のいっぽん枯れて死ぬまであがく


 あまがさの枯るる真昼に眼を醒ますきみの亡霊ひだりてに土


 詞書という守りもなくて素裸の歌を詠ったわが青年期


 呼びかけるものなどなくてスーパーのちんれつだいにひとりでのぼる


 エレヴェータ沈黙までの一瞬をかぞえておもう晩年などを


 光りなどなくてひとりの厨にて陰茎冷やす盥の水よ


 陽ざかりの輸送貨物が停車する・歯痛に悩む夏の午後2時


 I said, ならずものなることばにてわれは書きたる愛の不在を


 引き金をひくがごとくに問いかける「きみは知るのかぼくの愛なぞ」


 サーカスの夜がつづいて星さえも爆発させるそんな夢見る


 きみのまぶちが夏の光りに薄らいでたったいま時を刻んだよ


 あらすじもかぜに消えたり主人たるものがたりなどいまは見えない


 息をする ハナニアラシの喩えなぞなにも残さぬ夏の残照 

 

 木苺のすっぱい夜よ大人しいけもののように話す凪街


   *