ふたつのヒート

夏の終わり

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 陽物志向のつよい主人公について語る必要があったのは真夏 発見された死体には金塊が隠されていたという事実ともにやって来る真夏 ボートレースの舟券師がセンタープール内を見渡す午後 脂肪を蓄えた腹で、スポーツ新聞を抱えて、静かに歩く いっぽうで主人公はサローヤンを暗唱しながら、競技場のそとをゆく 狙いの定まっていないからか、やたらに喉が渇く 住宅地から悲鳴がする 静電気を聞きながら、市内某所の墓地にたどり着く それは宿酔いのさなかだ 泥まみれの愛と、批評家の不在を両手に、やがて帰る土地を求めて明滅するネオンを走って、

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 トンプスンの「ポップ1280」を読んでいた 作曲に飽いたころ、おれはおれの心臓のなかで港湾都市が形成されるのをじっと待っていた かたわらになにもいない火曜日 午後には医者の時間だ 睡眠障碍がおれを追いかける 眠れない夜に歩いた港をおもいだす時刻 ひと気のない通りを駈け抜けてゆく長距離走者たち 係留船の灯りで眼が眩む いったい、だれが仕組んだ計略なのか 床屋のなかで夜が融け、失業者でいっぱいの室内を熱くさせる そうとも、きみはおれを撰ばない それが幸福の徴みたいに中空にわなないて、いままさにゲームを始めようか

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 悲しい夏バテだ 颱風のない8月を武装した風俗嬢たちが闊歩する 太陽は元気だ だれかがおれを天才だといった 幻影だ 膨張する林檎の球体のなかで、緊張が走る まだ11分しか経っていない できることはだれかを憎むこと でもその体力がない 氷水をやって、ひたすらからだを冷やしつづける夏 冷房装置が故障して、どこにも逃げ場がないとき、もはや失ったはずの陽物の刺激と、葡萄畑で落ちあい、その横顔を引っぱたいてやることも、おれにはできないんだぜ

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 星の音色が苦しい夜 水に充たされたコップが重力を増してゆく 夏の終わりがおれを打ちのめした 主人公はまだ現れない かれはいま「深夜のベルボーイ」を読んでいる 地下鉄の車内で没落する ツェッペリンの「プレゼンス」と、ヴェルヴェッツの「ローデット」を聴きながら、おれは待つ やがて再生される亡霊と、主人公がやって来る おれは恐怖で声を失った 足音が近づく バックフロアで踊っている暗殺者たちが消える おれは氷ついた画面のなかで透視図法を忘れてしまい、かれの刺激に失神した

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魔物

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 魔女の車は燃費がわるい 煙を吐きながら走る ブレヒトのミュージカルを聴きながらハンドルを握る かの女の車はひとの魂しいを通過する そしてカーブを超えて見えなくなる たぶん、おれは語るべきじゃないのかも知れない 夏のゆらぎにやられ、水を吞みすぎて、張力を失ったからだが、天体妄想のなかで死にかけているよ 助けてくれ、おれの痛みを連れ去ってくれる通勤急行を教えてくれ、まだ生きる価値があるのなら、もういちど手をふってくれ いまだ判別できない惑星を見つけた かれはきっと酒がきらいだ だからおれは酔いどれる 天使の微笑みの最後の、1行のために

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 海で哲学しないやつがあるかとマヤコフスキーはいった 暗殺者とテニスに興じる銀髪の男が、ふいに落としたグラスにじぶんを見出して卒倒する夕べ いまだ発見を免れたポルノが暗室でからだをひらく それでも数式はかけがいのないものだから おれは濃度50%のウォッカを呑みながら、暁が来るのを待っている 砂漠の恋人たちと、豚の翅と、仲買人の関心を得るために、逆さになった時間との婚姻を決定し、まだここに立っている

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 カットされたフィルムが恨めしく光る朝 おれはからだをわるくして横になる 水色の革命 信者と聖者と武装集団が照明弾の炸裂とともに愛撫し合う だれもいない空港、閉鎖された扉に集うひとびとが、うっすらとした桃色のマトンをかかげ、焚火のまえで演説している 戸籍を失ったかげが、いまにも破裂しそうだから、処刑の準備をはじめているのをおれは中継で見ている もうここにはいられない もうじぶんに我慢できない そんな暑さだ だれかが弾いたボールをおれは受け取る そしてディランよりもさみしい歌を求めてカントリーブルースのミックス・リストを再生し始めるんだよ

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