映画『PERFECT DAYS』──あるいは安全なる賭け

ヴィム・ヴェンダース監督はあるインタビューのなかで、本作の主人公・平山を僧侶に喩えている。宗教世界の求道者としての人間と、世俗世界での労働者を混同した件の表現には違和感しかなかった。インタビューそのものは作品の理解を助けてくれるという意味…

週明け

シルヴィア・プラスの遺体写真を眺めながら昼餉を片づけていた ガス・オーブンに突っ込まれたかの女の上半身、 死の直前に最高のユーモアを発揮したという、 モリッシーの言葉を懐いだす おれにとっての『ベル・ジャー』はいまだ いまだ見えないままで 遙か…

赤い柄の鋏

はずんだ綿パンの臀が木の向こうに沈んでいく 赤い柄の鋏をもって姉は花狩り 嵐の翌日に万物はゆるみきって ところどころ溶けている 濡れているものはどれもこれもイヤラシイ 妹たちは犬の散歩に頑としていこうとしない そのいっぽうで遭難者たちは 夕までに…

ふたたび去つていくものは

少しずつひらかれるまなこを ふたたび去つていくものは 手のひらへ あるいは風のなかへ落ち 現れてくるのは青と黄の格子 二月のかもめがゆつくりとかすめ あらたな軌道を知らす これが朝なのか夜なのかもわからず きゅうにかれが立ちあがると 見知らぬひとび…

速度狂

詩に感傷も美しさももういらない そんなものはおやじやおふくろにぬりたくって 臑を齧るときに使えばいい ねぐらでダサい文学青年きどりよ、土台 きみはことばを定規で測れても 感情をことばになんかできまいよ 感情そのものが足りないのだ いついつまでもひ…

広告

11月2日『産経新聞』夕刊、「第三文明」および「文芸社」の広告より つまらない室の まつたくつまらない夜 ふたつの新聞広告を見ていて それもくだらない ことなのに眠れないあたま が長い時間を与えられたために 考えさせられる たとえばこれ── 人類にとつ…

脅迫者

どうもよく その景色が 現れててこない窓 がある──まるで普通の慣らされた区域 そのはじめにはいつも うそが長椅子を充たして 大いなる眠り The Big sleep を特製品に 飾り 立てている 二十三のみぎり そこでおれ はそいつの顔を じつと見ていたっけ? でか…

不眠

ふけてゆく夜 のうちがわ おれという犬のくそ のような叡智にはかならず 休息の欲しいときがある しかしろくでもないものが宿った左の手 をもちいていくら電話の古く黄ばんだ 回転式ダイアルをまわしても 通じた回線をむこうにおれの欲しい眠り について註文…

午前0時も半ばを過ぎて ヨット・ハーバーの周りには 黒い潮風と引き揚げられた古ボートが眠っている 白くぼやりと浮かぶのは 疲れ切って萎えた帆 その白さに小指ほどの言葉を当てはめながら歩く ただ来てしまったから歩く なにひとつ意向を持たず歩く 陰が…

水を呑む男

曇ったガラスに朝がさす。その男は目を細め、コップの底に光りを見る。上半身は裸、黒いズボンをはき、カンバスの中央に立つ。かれの前には小さなテーブルがあって、視点はややその下を向く。細いラインが部屋を蔽い、太いかげがかれの姿をもちあげる。壁の…

動物園

(見る) だれもかれのなまえを知らないし だれも知ろうとしない 見られ 覘かれ 触られ 汚され 洗浄され 閉じ込められ 少しだけ解き放たれる かれ (見ている) 動物園のなかをくまなく かれを覘き 触り 笑い 汚し 追い込んで ひっぱって 少しだけ閉じ込めら…

物語と社会福祉制度〈1〉

物語と社会福祉制度〈1〉 * あまり物語に無粋な突っ込みを入れたくはないのだが、あまりにも社会構造を無視した作品を見かけるので、考えを述べたいとおもう。エセ批評家風評定なのはごくごく承知している。まあ、大したものじゃないから話半分で読んで欲し…

放浪のはじめ

孤独が夜更けてひとり歩きだした 叱られていき場のない少年のように 十五のころに帰ったように 看板のなかの 派手なべべを着た娘の その胸に手をあててみたり 雨に溶けだした聖母像の肩や頬に 顔をすり寄せてみたりして 孤独にいっそう磨きをかける 触れられ…

リチャード氏の埋葬に関する余興(2013)

リチャード氏は 24時間営業の 駐車場に 掘られた 穴のなかで からだを埋められてた レスターでのことさ その穴は 忘れられてしまったけれども、 つい先日掘り起こされた かれは至って正常だが ヘンリーやボズワーズと戦った1485年 味方の裏切りによって、 戦…

光りについての短詩篇

* 光が光りを失えば もう歩かなくとも済むだろう 闇が闇を失えば しゃべらなくとも済むだろう 光はいつも道を指し 闇はことばを誘いだして ぼくを孤りにしてしまう きょうまで光りから遁れ 昏さからも遁れて来た けれどもうおもてへでてあの流れに入る * …

大聖堂

両親へ ウォーホルとカポーティとブローティガンはともに父を知らず 母性のつよい影響下で育ったという そのいっぽうでブコウスキーは母の存在が薄く 父の打擲と恫喝に苛まれてたという おれも母をほとんど 知らないと来る かの女はつねに父のうしろにいてみ…

乾涸らびた道に南半球をめざす蟻たちの行進がつづく いずれの運命、あるいは私的な詩を全うするべく立ち上がった足 われわれがわれわれでないと気づかされる、ささいな情景たち 一人称を見失いかけたおれを慰めるかのような象形たち いったいどれほどの代償…

なまえ (overwriting)

あたらしい夢のなかで眼醒めることができたなら もうきみのことを懐いださなくともいられるかも知れない でも、ひとのない13番地に立つたびにきみを懐いだす いままで読んで来た悪党たちのなまえを算えるたび じぶんのなまえがわからなくなる どうしたものか…

無題

この道程をふりかかる雨だとか雪だとか光りだとか そんなものを期待して生きることに疲れてしまった 大勢のひとびと、時計をなくしてしまった子供たち あるいは帽子を失った晩年のおれたちの顔と顔たち あらゆる形式のなかで、 もっとも野蛮なものを求めて歩…

iPhoneを買ったのでシンセの演奏を録画してみた。

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食卓をめぐるダンス

警報がつづくテレビ画面のすみっこでぼくは歩き疲れた自身をなぐさめようとした だれかが鉈を抱えてこちらに来ないものかと、ずっと不安に怯えながら 枝を踏む音がどこからかしているのにだれも気づかないふりで過ぎる 死んだはずの人間と、婚姻を果たす男は…

夏の世界

現在を過去のように話す男たちが 路上で種子を蒔いている 真昼の儀式めいた 時間を 過ぎ去っていく詩業 うずくのは唇 うめくのは棺 あらゆる鍵穴と符合する夏の神経痛 七月よ、おれは産まれた おまえの腕にだれかたおれがいま、 為すべき判断を下すとき たっ…

レミング

ひとたび渇いた魂しいは舌のように膨張し始める 軍備を払う金が政府にはあるはずだった 敵は身近な隣人を人質にとった でも政府は動こうとしない あいつらはおれたちを 見棄てたんだ 愛にうらぎられたひとたちがたどり着く駅で なまえを奪われた犬がおれを探…

「抱擁」

夢のなかでだれかを抱きしめていた 夢から醒めて、じぶんがただのひとりきりだという事実に むきだしの欲望が曝かれる、 作劇の手引き 光りを失った通りで 発見された手袋の血痕 染色体の区別もつかない謎の遺伝子たち やがて来る真昼、その分光器たち 読み…

「surely」

だれのものでもない両手で だれかを傷つける 呼び鈴がおれの耳に 爆発している やり過ごすことのできない咎に身をふるわせて やはりだれも おれを諒解しないというところで 合点する 他人の顔に鉈を下ろして、 それでもだれに気づかれないままで終わる きょ…

音楽をください

ロビー・クリーガーのように、ピーター・ブロデリックのようにギターが弾きたい ときには折坂悠太のように吼えたい、三上寛のように私小説でありたい ことごとく滅びたはずのぼくを呼ぶ音楽たちをいまも愛おしくおもう 堀内幹のよう懐いだされても、宮本浩次…

「ロックンロール」

だれかがいったようにロックンロールにも自殺にも合わない時代だ 失うには速すぎた、撰ぶには遅すぎる、そんな時間が過ぎる 莨をやめるように生きるのをやめられない どうしたものか、そんな時代を生きて、 わたしはすっかり怖じ気づいた 愛がなんでるかをわ…

Culliner Wharf in Heaven

for m 悪夢を謳う儀式をやめられないでいるトラッカーとともに ぼくはモー・タッカーのドラミングを聴いている どうしたものか、かの女が左利きにおもえてしまう さっき尋問のようにつづく高速道路を抜けようとして、 誕生日を失った子供らとともにサービス…

ぼくの電話

ずっとのあいだ、 ぼくの電話は沈黙している 当然だれからも声がかからない だれかがぼくを知っているはずのなに 親しいひとすらもぼくにはない 羽のような塊りが浮遊する午後の窓 電球を数える子供の声がどこからかしている それでもぼくの電話は黙っている…

無題

われわれがうろつくべき路上を夜中探している 沈んだブイがいつまでもある海で ないがしろにされたひとが たちあがってはささやく のはどういった料簡か みずからを見失った体がどこまでも遠い なぜならわたしのないからだにはもはや霊体 がいないから いつ…