光りについての短詩篇

 *

 光が光りを失えば
 もう歩かなくとも済むだろう
 闇が闇を失えば
 しゃべらなくとも済むだろう

 光はいつも道を指し
 闇はことばを誘いだして
 ぼくを孤りにしてしまう

 きょうまで光りから遁れ
 昏さからも遁れて来た
 けれどもうおもてへでてあの流れに入る

   *

 ほら、きみのすぐそばを
 群れのたくさんが急ぐ
 ソーダ水を片手にひとりの青年が立ってる
 だれからも遠く愛されない青年が
 壜を日ざかりにかざし光りを閉じ込めては
 一息に飲んでしまった

 声をかけようとしたけれど
 道の決まっているものはふりむかない
 きみは石そっくりの陰部を砕き
 古いことばを棄てようとしてる

   *

 それらが内ちにとどまるよう
  願ってもみたけれど
   叶わないのだ

 水に溶けるのを見るのみで
 あなたは朽ちかけの壁に背を赦し
 ゆうぐれを浴びてゐましたね
  腐った野苺と野犬の吠え声のなかを
   ふたりだけで立ってゐた

 「あなたは光と翳のゆくえを知りたい?」
 ちょうど夕べが林のなかにあって
 赤いまなざしがこっちを向いたときだった
 あなたはかみ合わない視線で吐息して
 「わたしはあなたの姉でも妹でもあるのよ
 つまりあなたの存在のひとつの紙片でもあるの」
 そうささやいた

 ぼくには姉も妹もいなかったのに
  兄や弟がいたかも知れないのに
   ただうなずいて
  夜が来るのを待ってゐた  
   いったいなにが云いたいのだ
    少し苛立ち
     少し笑み
      夜の深みを待ってゐた

  ゆうぐれが終わったころ
 互いの沈黙のなかで死のおとが鳴った
 満たされない景色のうえで
 あなたはぼくを通し
  あなた自身に語りかける

 「どんな日没もどんな日の出も
 きみの孤独を反映したりはしないだろう
 か細い光りが胸のあたりに
 ただ刺さるだけ──。」
     そこで光りは落ちた

   *

 風が頬を撫ぜると 笛の子供たちがいっせいに舌をだす ある正午ぼくは光りのない燈をもぎとりながら夜を待ってゐた 道を次第に町へ入る 高架路の足首 車たちの手術室医 者のための洋食屋 無人給油所の破れた管 そのなかに芽吹いたもの六月の日のなかで不正は早くも凍死する私鉄T駅からA警察署へ 知らないひとびとに挨拶をくれながら少年は取り残される おれはなにも知らないんだ 青と黄の世界しか ソーダ水を飲み干してあなたは群れのなかへ消える ああ そろそろぼくもいかなくちゃ 藍色のテントハウスが空腹を告げる 国道を過ぎると大きな象! 臭気を放つステンレス製の和式便所 そのうらで休息するにせものの雷鳴を乗せて長距離輸送のトラックの走る ぼくが追求するのは不正ではない 色と輪郭の張り合わせ 百足の行進 異人が農夫を嘲り笑って畑に唾をたれてる病院通りの狭路そこで連れ去られた少女たち ぼくはとうとう太陽に覆いをかけた

   *

 閉じられた戸口にかげはふかく
 行と行のあいだを伝い
 ことばに沁みてゆく夜半
 かれらはその室にあって
 ひどく怯えてゐた
 消えた灯りのもとをさ迷い
 書かれたあとの
 読まれたあとの景色を見つめてる
 まあ、かわいらしい児!
 あのひとは黄色い手をまっすぐ展ばしたけれど
 そのために死んでしまった
 どうしたことだろう
 この夜つよいレモンの匂いがぼくの目を醒まさせた
 まるで詩人のようだと
 ひとりごちて窓をみたが
 写ってゐたのはだれかの幽霊
 ああ言葉を憶えてしまっては逃げ場などないのさ
 なにをどう書いたって
 だれかを傷つけ愛してしまう
 白いノートのうえに鼻を撫ぜる匂い
 それはまぐそのかも知れないし
 苺のかも知れない
 雨季のとかげの
 あるいはインクのかも知れない
 ぼくは詩を書いた
 笛の子供らがいっせいに舌をだす
 かれらが追求するのは不正ではない
 色と輪郭の張り合わせ
 ぼくはあなたを通してぼく自身に語りかける
 光が光りを失えば
 もう歩かなくとも済むだろう
 闇が闇を失えば
 しゃべらなくとも済むだろう
 だからおまえよ、眼も足も手放せと
 ぼくは聞えないふりをして少し苛立ち
 少し笑んで朝を待ってゐた
 そこへ戸はひらかれて
 だれかの言葉が
 だれかを殺し終えて立ってゐる
 ぼくもあのひとのように青い手を展ばした

   *