短歌日記66


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 泣きそうな顔で見つめる 西陽にはきみの知らない情景がある


 汗の染むシャツの襟ぐり 指でもてなぞるたえまない陽の光りのなかで


 きのうとはちがうひとだね きみがまた変身してる九月の終わり


 涙顔するはきのうのきみのはず いてもたってもいられぬ孤独


 探す指あってひとりの夜長にてキーを叩いて祈るさみしさ


 彼方には夕陽落ちる 電柱のかげにかくれたものたちもゐて


 救いなんかなかったなんてつぶやいたもうじき朝のときを憾みぬ


 炎天の残る九月よみながみなおなじ答えをくりかえす昼


 愛するとうそを吐いたね 幾年もかけてわかった鍵の在処よ


 季がめぐる 星がめぐって夜たちのうらがわいつもだあれもいない


 透き通った葉っぱのような顔たちにかこまれて職場は静か


 嘆きとはぼくの渾名か 壁ばかりがこの室には在って


 レモン水放つ天使よ焦がれたるものなどもはやなし


 祈りさえなくて盥の水寄すわがてのひらの苛立ちなどを


 死を願う ことばばかりが空を切る夏の名残りの遠い太陽


 ムルソーのようにじぶんを守らない 世界のやさしい無関心あって

 
 ここにゐてだれも知らないような顔して笑うんだあしたのぼくは


 だれがまだぼくを憶えてゐるだろう 格子のむこうにばらばらな過去


 泥を踏む馬のひずめのようにただうつくしいものが汚れゆく


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