裏庭日記

 われわれという辞がいやで、つねに単数形で生きてきた
 なにをかたるにもひとつに限定してからでなければ安心できなかっ
 おれたちや、ぼくらといった主語を憎み、空中爆破したくなる
 おれは決しておれたちじゃないし、
 おれは決してぼくにならない
 あらゆる咎、そのどれともちがう声音で、
 おれは喋ってきたし、実家の裏庭を見ながら、
 父の暴虐に耐えて来た

 かの女たちはもはやどこにもいない
 スタンドにも学校にも、あの長い修学旅行にさえも
 終わってしまった時代、その光景を映写しては頭脳に水が湧く
 閃きのなかでもどらないまぼろしを追いかけようと足搔くおれ
 友だちなんかいなかった、仲間なんかじゃなかった多くのひと
 夢の落下する速度を物理では習わなかった
 学習が断念された復讐を撥ねのけながら、
 母の無関心に耐えて来た

 やがておれは立ち上がる
 たったひとりで丘にあがる
 だれもいないところで日記を書きつづける
 おれを嘲るだろう、百億の妄執とともに生きながら
 かつてあったかも知れない展望や選択肢とか、
 あの娘の乳房のふくらみだとか、
 そんなくだらないことに挫折を憶えてしまうのは
 姉や妹たちの黙殺に耐えて来たからだ。