短歌日記9


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 黄昏よなべものみなうつくしく斃れるばかり 長距離の選手たち


 みどりなるひびきをもってゆれる葉をちぎっては占うなにを


 あかときの列車のなかに押し込まる自殺志願のひとの横顔


 花が咲いて 散るもの知らず故知らず ほらもうじき雨季来る


 枯れる湖水 もはやもどらぬひとためバケツいっぱいぶちまけてゐる


 母がまたぼくを葬るときが来る ベールの女立ちどまる度


 暮れる町 稜線はるか翳むころ球体以前の地球を臨む


 墓石や墓碑銘あらず名もあらず埋葬以前に打ち棄てられて


 星屑よ燃え尽きて猶わがよすがとおもう眠れぬ夜は


 ジャケットの襟を立てたりこの夜がわれのみにあれ われのみにあれ


 かすかな疵が疼くときわれはかぜを求める 神戸巡礼


 難聴のおもき真昼よ横たわるわれの手になにもなく


 ペパーミント・チョコレートでみずからを慰む午后の陽は虚構


 みずからの罪を贖うことすらもできず黄桃 救抜もなく


 みながみな内部に青い鳥を飼い世界の果ての駅舎に集う


 waltzing Mathilda 口遊む 旅を知らない世代の若人


 憐れみは酸っぱい果肉 夢魔たちの微笑顔をいま濡らしたり


 保護室の扉はおもい 春の日のれいこくなる看護人たち


 「殺せ 殺せ きみの愛するものをみな」うそぶきながら狂女昇天

 
 雨季せまるときの滴りわずかなる希望でさえもかりそめになり


 きみを抱く夢のかぎりに眠りたる終わりなき失寵のさなか


 ゆうやみの異端審問裁かるるきみの縛られた足がきれい


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