短歌日記71

うつし世にきみがなからば草もなし夜の点火をすべて消す2時


 ひとめすら逢わぬひとこそおもいたる月の枯れゆく秋の終わりに


 秋驟の余り字あればかのひとの墓にむかって静かに投げよ


 夢在らばわれらが詩人幸あれと願い眠れる時計問屋は


 ゆれる葉のいつわりばかり陵めされるかの女の声をいま聴き給え


 ふれるものなきまま遂に終わりたり花火のごとき秋の憂鬱


 だがわれはいきるけものの心臓を聴きたくてまだうつろい歩む 


 瑕すらもきらめきならぬ潮騒のうたが聞える唱歌のごとく


 地平にて校歌を唱う子供らの頬瑕濡らす秋の和平よ


 夕月やひとりのわれを手慰む光りの幾多両手に零し


 終劇の二字のむこうに立つ人よわれまたひとり虚構に棄てる


 静かなり河の流れにもうひとりわれを認めて過ぎ去る冬よ


 群衆にまぎれつつあり悲鳴すら日常足りぬ朝どきの道


 寒椿ゆれる花びらかざしては下校途中の子供を過ぎる


 花ひらく空き罐ひとつ蹴飛ばして葬りたいな悔しさだとか


 きみの態度がきらいだとあなたがいった裏切りのなか


 茜差す建て替え工事更地には猫いっぴきもいないゆうぐれ


 真夜中のスーパーカーのようにいま流線型の走者現る


 天使とて苦役のさなか駅前で海鮮丼を食すひととき


 まちがいをしたんだ、いつか夜なべて、きみと話そこねたこと


 風を呼ぶ 口笛ひとり吹く真午なみだのようなメロディがある


 詩人の死、あるいは誤解、断ち切った枝の数だけ悼みを捧ぐ


 木曜日だった 男の礼服にガソリン垂らす楽屋にて


 署名する 失踪届 左手はふるえてやまぬ夢のなかでは


 水充ちてリボンのひとつ落ちている商店街の終わる地点で


 夢が断たれ、やがて脳(なずき)の巣にもどる、この一連のロングショット


 頬を打つかぜの幾多が町を過ぎ、いまに見てろと吐き棄てている


 幸福のないあどけなさ土塊を両の手にする迷子の群れ


 匙を投げる役人ばかり区役所の壁のレンガを打ち鳴らすごと


 だれもいないのだという感じがして冷凍韮を鍋に投じる


 雛菊の花から黄葉うつろいのさなかにあってさなかになし


 玄人のカード捌きを見物す ハートのエース現るるまで


 闇を重ねて送迎バスが過ぎるとき眠れる子らに落ちる星屑


 春を待つ尼僧ばかりの地下鉄を降りてひとり和すみずからを


 いなくなったのはわたしかも知れぬ ほら、イチョウに目隠しされて


 まれびとの来るを待てり12月ダウンジャケット着た切り雀


 あれはなんでしょう。電線に架けられたハンガーにTシャツ


 火ぶくれのような顔して寒中を歩けども届かぬ河上


 子供から生まれた子供 球根はまるで地球の卵みたいだ


 かげが立つ真午の舗道幾人の不在をそれが報せてくれる


 あくびして死ねばいいなとつぶやいた 道路情報のお姉さんたち


 乳母車が止まっている 倒れた標識の明るいほうにです


 夜はいま鮭のごとくに銀色の裸体を見せて丘を登れり


 燕麦の冷たい夕餉 答えとはだれかが云った問いかけのうら


 夢がまだ室を歩いている映画・だれか撮影する寄る辺