短歌日記10


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 ことばなき骸の帰還御旗ふる男の腕がわずかに震るる


 もしやまだ花が咲いては切られゆくこの悔しみになまえを与う


 水温む五月のみどり手配師がわれを慰む花もどきかな


 真夜中の歯痛のなかで懐いだす星の彼方のささやきなどを


 呼び声のなきままひとり残されて葱を切るのみ黄昏のビギン


 アカシアの雨が洗って去ってゆく不在のなかの花々たちを


 霊媒もあらずや燕 亡き父の骨壺ひとつふと見失う


 夫にも父にもなれず雨季を待つひと恋うるときも過ぎて


 アル中の真昼の頭蓋涸れてゆく預金残高はなし


 この夜のほとりに立ってかりそめのぼくが鳥となって飛ぶころ


 陽ざかりの産着がゆれるベランダを見あぐる 偶然の失意


 愛を 愛を ただ代えがたいものが欲し 月の象形

 

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