短歌日記45


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 夕月の朧気なるを見つむるにひとはみな煙になるべし


 わが腿の火傷の痕よいままさに発光せし夜半の厨


 なつのべに帰るところもなきがまま寄る辺を探すわれのさみしさ


 ゲートにて凭るるわれよ黒人の肩にゆれたる水瓶を見る


 意志のないふりをつづけて文鳥の一羽が檻を飛びだしてゆく


 国もなくなまえもあらじ一群の学名なぞを考える夜


 自由欲しからば死ね──という声がする贋共和国


 ひとがみな愛されながら去ってゆく方程式がきょうも解けない


 わるびれもせず盗むひとよ 鳩啼くまで眠るな


 いずれにせよ、光りがわれを晦ましてすべての過去にわかれを告げる


 人妻の脚よわずかに痙攣する列車のなかの薄い暗がり


 「死者の書」をわれまだ読まず永遠にちかき晩年きょうも生きたり


 砂に書くなまえもあらず酔漢のひと日を生くる二月短章


 きみがいう命の一語 渇きたるおれのおもいに迫るものなく


 夜でなく、夢にもあらず 死がいまだ望みでもある真昼の歌


 昏睡の牡蠣も煮えたり鍋ゆれる下半身など忘る忌日よ


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