花の伝説
*
森深く無名の花があるらしと母の死後にて知るわがひとり
友情論なきまま老いてひとりのみジンジャーエールを飲む夕暮れや
ささやかな花のひとつもなき死にて悼むことなし中年の夜
弟の不在の彼方 鞄には失踪宣告の贋物がある
わがうちの夢の蒼穹呼べばまだ熱くなりたる指先などは
声喪わば歌を見棄てて歩むだろう すべての歌を過去に喩えて
子ら眠る地平の彼方一輪の椿の花を盗み採るなり
森が啼く春を寿ぐ仕草して風上にビルが建ち並ぶなり
夜半にてわが犯罪を回想する いまにすべてを明らかにする
野山ゆくきみの犯意に流されて縄をかけやる枝見つからず
貨車ゆれる旅は亡霊運びつつ暗夜行路に友情もなし
犬ふぐり 花は去りたり一頭の馬のひずめに季節流れる
*
町への手紙
*
ひとり酔う悲しさばかり中年と呼ばれて久し夜の追憶
なみだすら忘れてしまいたいという睡眠薬の空箱の染み
副詞とは和解できないダイナーの灯りが遠くゆれる夜には
早春のボディカウント兵士には眠れる場所は世界になく
愛を知らず解体現場眺めやる だれもいなくなるまで見つむ
草のようにゆれるひとなみものみな自然のままを真似ている
*