短歌日記3

花の伝説


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 森深く無名の花があるらしと母の死後にて知るわがひとり


 友情論なきまま老いてひとりのみジンジャーエールを飲む夕暮れや


 ささやかな花のひとつもなき死にて悼むことなし中年の夜


 弟の不在の彼方 鞄には失踪宣告の贋物がある


 わがうちの夢の蒼穹呼べばまだ熱くなりたる指先などは

 
 声喪わば歌を見棄てて歩むだろう すべての歌を過去に喩えて


 子ら眠る地平の彼方一輪の椿の花を盗み採るなり


 森が啼く春を寿ぐ仕草して風上にビルが建ち並ぶなり


 夜半にてわが犯罪を回想する いまにすべてを明らかにする


 野山ゆくきみの犯意に流されて縄をかけやる枝見つからず


 貨車ゆれる旅は亡霊運びつつ暗夜行路に友情もなし


 犬ふぐり 花は去りたり一頭の馬のひずめに季節流れる

 

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町への手紙


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 ひとり酔う悲しさばかり中年と呼ばれて久し夜の追憶


 なみだすら忘れてしまいたいという睡眠薬の空箱の染み


 副詞とは和解できないダイナーの灯りが遠くゆれる夜には


 早春のボディカウント兵士には眠れる場所は世界になく


 愛を知らず解体現場眺めやる だれもいなくなるまで見つむ


 草のようにゆれるひとなみものみな自然のままを真似ている

 

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