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 夏の嵐 かぜにまぎれて去るひとかげを追っていまだ正体もなく


 so I knew, くちごもりつつテレビにて深夜放送受信が終わる


 ぽっかりと暗くなりたり郊外の花を摘みゆく女がひとり


 やがてまたぼくが終わろうとする夜に蝉のぬけがら一切を拒む


 青嵐去って一輪挿すだけの花壜がひとつ行方不明


 That's a bloom, やがて消え去る色たちに報いるために死など撰ばず


 俳優も暗喩に過ぎず夜がまた建築されし炎天の星


 駅じゅうにおなじ女が立ちふさぐ地上に愛はなしと識りたり


 夏またぎ 自転車通る一筋の車輪の跡が光るゆうぐれ


 雨光るルーフの上の蟻たちが落ちてゆくなりせつなの彼方


 箒すら刑具おもわす蒼穹(あおぞら)に逆立つ藁の幾本を抜く


 夏盛る空気人形一体が陽に焼かれつつおれを視るなり


 ソフトボールする少女らがいて茫洋たるグラウンドにあふれり


 死ぬためのこころがまえもままならず驟雨ののちの室外機啼く


 キャバレー・ロンドン 滅後の愛をいつわりし女主人のヒールが高い


 めぐりたりる星の羅針が定まらぬきみの両手の運命線よ


 声あらば吼えよという声がして一瞬夢のなか立ち止まる


 探してる きみの匂いがまだ残る街のはずれの未舗装道路


 ゆうづきの充ちる水桶ゆれながらわれを誘う午後の失意よ


 手鏡を失う真夏・地下鉄の3番出口写したままで


 夏が来る 金魚の群れの死するまで鰭濁るまで語る悲歌なし


 もしぼくがぼくでないならそれでよし住民票の写しを貰う


 悲しみが澱むまでには乗るだろう17系統のバスはまだ来ず


 よすがなどなくてひとつの花を折るてごころもない七月のおれ


 ぼくばかりが遠ざかるなり道はずれいま一輪の花を咥える


 痛みとは永久の慰みいくつかの道路標識狂いたるかな


 なにがまたぼくを咎めるだろうかと街路樹たちのささやきのなか


 きみのいまがラージサイズのペプシとして再現される観客席よ

 

 

ギリシア語tithenaiに由来し,〈置かれたもの〉を意味する。──『世界大百科事典(旧版)』より