バックヤード・ダイアリーズ(6)

シナリオ「バックヤード・ダイアリーズ」
原作:中田満帆『裏庭日記/孤独のわけまえ』

 登場人物;
 楢崎森夫──主人公
 マティス・ゴーズウッド──運び屋
 北村伊作──雇い主/組織の会長
 木村の秘書
 高浪与主人──殺し屋

青森駅まえ(朝)

 電話をかける森夫。
 例の秘書がでる。
 森夫「マティスの同行者です。はぐれました。いま青森です。指示を仰ぎたい」
 秘書「ご苦労、マティスはこちらで回収した。きみは中身を?」
 森夫「マティスとちがっておれは見てない」
 秘書「しかしきみの信号がないね」
 森夫「………」
 秘書「まあ、いい。報酬をだそう」
 森夫「報酬は要らない。マティスの娘にやって欲しい」
 秘書「いいだろう──いまどこにいる?」
 森夫「恐山の駐車場」
 秘書「なんだって?」
 森夫「恐山」
 秘書「きみ……まあ、いい。もうすぐ迎えが来るだろう」
 森夫、タクシーに乗る。
 森夫「恐山まで」

○タクシー

 2時間のドライヴ。
 途中、秘書から電話。
 秘書「きみ、どこにもいないじゃないか?」
 森夫「入山しちゃいましたからね」
 秘書「どういうつもりだね?」
 森夫「取引ですよ。身の安全と引き換えに荷物を渡す。それだけです」
 秘書「なるほどいい構えだ」
 流れる風景たち。

○恐山・駐車場

 駐車場に入るタクシー。
 森夫、降りる。
 入山する。

○恐山内

 水子の慰霊碑に身を隠し、そこから様子をうかがう。
 しばらくして現る与主人、左手に鞄を持っている。
 与主人「隠れても、──隠れても無駄だよ、森夫くん!」
 森夫、リュックから胎児の壜をひとつだして、与主人にむかって投げる。
 壜が砕けてなかから胎児が跳ね落ちる。
 森夫「さあ、ぜんぶ砕けるまえに取引だ!」
 与主人、しばらく黙っていたが、おもいだしたように笑う。
 与主人「莫迦だね、きみは。そいつはぜんぶダミーだよ。──きみは裏を掻こうとして失敗している。ほんものはぜんぶマティスが持っていた。きみはマティスの囮だったんだよ。いまごろかれは娘さんより先に天国にいる──さあ、和解の握手だ」
 与主人、右手を差し出しながら慰霊碑に近づく。
 与主人「どうやら握手が苦手なようだね、森夫くん、そんなきみにはこれをあげよう」
 イングラムMAC-10を鞄から取り出す。  
 サプレッサーをゆっくり装着させる。
 そして上着を脱ぎ、
 それで銃を匿う。
 森夫、自棄になって胎児の壜を投げつづけるが、なくなって立ちすくむ。
 与主人、不意を突いて森夫を蜂の巣にしてしまう。
 後頭部から崩れてゆく森夫。
 時間の感覚がどんどん鈍くなっていく。

○森夫の室

 眼を醒ます森夫、PC画面を見る。
 そこには伊東祐里子からのDMが来ている。
 画面;「あなたに悲しいおもいをさせてすみません。わたしの短気を許してださい。わたしもあなたを許します。また話のつづきをしてください。待っています。発信者-伊東祐里子-/ ブロックが解除されました」
 破顔し、涙を流す森夫。
 メッセージをタイプしようと構える。
 ゆっくりと指を動かす。
 しかし室ごと奈落に落ちていく。

○恐山・駐車場

 車に乗り込む与主人。電話する。
 与主人「もしもし、会長ですか。──いまマティスの相棒を始末しました。──ええ、儀式は無事に。……娘を依り代にして……いやはや、まったく簡単な仕事でしたよ。──ところでIndeedって使えますなハッハ!」
 発車する車輛。
 静寂があるばかり。

○車道

 飛ばしてゆく車。
 一仕事終えて清々しい与主人の顔。
 それはまるで誉れ高い政治家のようでもある。

○エンド・クレジット

 森夫の声「2月30日、祐里子からのブロックがつづく。諦めた。もう人生に期待なんかしない。おれは大人になるってことをただ単純に年齢のことだとおもっていた。成熟のことだとおもってた。でもちがう。それはじぶんの流儀、スタイルを身につけることだったんだ。そう気づくにはなにもかもが遅すぎた」

 終