シナリオ「バックヤード・ダイアリーズ」
原作:中田満帆『裏庭日記/孤独のわけまえ』
登場人物;
楢崎森夫──主人公
マティス・ゴーズウッド──運び屋
北村伊作──雇い主/組織の会長
木村の秘書
高浪与主人──殺し屋
○取調室
矢柳部長刑事が入って来る。
矢柳「よお、調子どうや?」
森夫「right!」
矢柳「上手い!」
森夫「thanks. but, I not much this place, I not much then」
矢柳「──おまえのパンチ、あれ見事やったな」
森夫「あいつ、どうなりました?」
矢柳「鼻骨骨折や。鼻の骨が折れた、上顎に罅も入ってもたで」
森夫「そうですか」
矢柳「なんでそんなことしたんや?」
森夫「死ぬためです。死ぬきっかけが欲しかったんです」
矢柳「わけわからんこというなあ──それで?」
森夫「黙秘権ってやつですよ」
○留置場
時計は19時。森夫、蒲団を持たされて檻に入れられる。
ひとりぼっちの監房。
蒲団をひろげて横になる。
○留置場・朝
監房をだされる、5人の男がおなじように蒲団を持って立ってる。
留置場付きの警官の指示で蒲団を片づけ、手洗い、歯磨きする。
みんな黙ってる。
○検察調べ
青いバスで検察庁へ。
手錠を外されて施設内へ。
長椅子でじぶんの番を待つ。
やがて検察官のまえに来る。
検察官「──で、きみのやったことだけど、写真がある。罪状認否は?」
森夫「いや、あのー、手が当たっただけです」
検察官「ねー、写真は嘘吐かないよ。ほんとにそれでいいの?」
森夫「え、あー、はい」
検察官「──じゃあ、拘留延長ね。2週間」
○取調室
矢柳、入って来る。
矢柳「おい、森夫、なんで否定すんねん? んなことしてもしゃーないで?」
森夫「さあ、じぶんでも……」
矢柳「もう年末やぞ、はようせんと裁判来年やで?」
○検察庁
ふたりが話してる。
森夫「──死のうとおもってます。遺書の書き方、教えてくれませんか?」
検察官「え? きみ、なにいってるの?」
○留置場
矢柳、監房の森夫に笑顔。
矢柳「おまえ、自殺なんてどうしたんや? 話やったら聞いたるでえ」
○森夫のノート
森夫、「自裁についてのノート」という題名を書く。
森夫の声「かの女はおれを否定した。終わりまでひとこともなしにだ。そしてわたしはひとを撲った。果して望み叶わず、報道されないことがわかったが、事実は事実だ。この留置場をでたら、匿名でこの事実を広める。そしてマスメディアに訴求しよう。そして1月中に創作を片づける。とりあえずは公衆電話から神戸新聞へ「問い合わせ」だ。つぎに匿名掲示板へ。そのつぎに文藝投稿サイトへ密告。あとは流れに任せる。死にむかって」
ほかの監房から話し声。
男A「おれ、ほんまに裏切られたんや。頼まれて車に重機積んでもうたら、通報されてな。一発やったで。ほんまひとのためにやってこれや。なんや、ほんま腹立って来るわ。その重機、なにに使こたかもわからへんねんで」
男B「(歌っている)」
森夫も起き上がって歌う。ブッチャーズの『時は終わる』だ。
「”苦しく、胸は切なく、震えてる手を握りしめ、最果ての時に立つ、いつもの夜はやさしく、ぼくを放ち包んでくれる、不安は消えないさ、でも夜はやさしく、あの時の星散りばめる”……」
警官「静かにしような」
森夫、黙って横になる。いつのまに同居人がいる。黒人。
黒人「いい歌だな。その歌詞、ここに書けよ」
ノートを差し出される。
森夫「わかったよ」
森夫、歌詞をノートに書いて渡す。黒人はノートを眺めながら、
黒人「ふーん、おれへのプレゼントってわけだな」
森夫「なんで捕まった?」
黒人「公務執行妨害──職質から逃げた」
森夫「クスリでもやってんの?」
黒人「莫迦かおまえ、そんなんじゃねえ。──病院で大声をだしたらポリ公呼ばれたんだよ」
森夫「大声ださなきゃいいだろ?」
黒人「ちがう、治療方針で揉めてたんだよ。──そっちは?」
森夫「傷害だ。撲ってやろうの鼻を折った」
黒人「じゃあ、おれより重罪じゃねえか」
沈黙。
黒人「──なあ、ここでたらよ、仕事しねえか?」
森夫「仕事?」
黒人「荷物運びだ」
森夫「いいね。でもそれってクスリだろ?」
黒人「ちがう。──少なくとも合法のものだ」
森夫「まあ、やるよ」
沈黙。
黒人「よかった、これで手札がそろった」
笑う。
森夫、怪訝な顔で出方を伺う。
黒人「おれの娘はな、腎臓の病気なんだ。金があれば助かる、なりゃそのまんま死ぬ。これが最後のチャンス」
森夫「最後の──?」
黒人「そう、最後」
森夫「あんた、なまえは?」
黒人「マティス、マティス・ゴーズウッド。おまえは?」
森夫「楢崎森夫」
マティス「これで成立だ」
マティス、握手を求める。
応じる森夫。
常夜灯が煌々と照らすなか、横になるふたり。
○森夫の夢
段ボールでできた車で丘を登る森夫。
やがて動かなくなる車。
森夫「そんなにおれが憎いのか、祐里子! 祐里子! 祐里子!」
夜の町でハンドルを握る森夫。
○監房
目覚めると涙でいっぱいの森夫の顔。
呼び出しがかかってだされる。
○取調室
矢柳「もうええやろ? 調書にハンコ押して終わりや」
森夫「いや、おれは死のうとおもって……」
矢柳「またそれかいな」
森夫「マル・ルイに『鬼火』って映画があるでしょう。あれとおなじですよ、死ぬ口実を見つけようとでかけた。ひとを撲った」
矢柳「おまえが映画好きで詳しいのはわかる。でも、おれも風俗詳しいし語れるで。第一おまえ、大した罪にならんやろ」
○車内
車、現場にむかう。
矢柳「ハンコもろたしな、あとは現場検証」
森夫、町を不安げに見つめる。
○パチンコ店まえ
車外にだされる森夫、周囲の視線に戸惑う。
○警察署内・武道場
矢柳「で、おまえがどう撲ったか、再現や」
小柄な警官相手に事件を再現する。
拳の位置がなかなか決まらない。
森夫「もっと高い位置にむかって撲りました」
○監房
マティスとふたり弁当箱のカレーを箸で掻き込んでいる。
喰い終わって一息。
茶を飲む。
マティス「おれはきょうたぶんでられる」
森夫「羨ましいね」
マティス「まあ、上手くやれよ」
森夫の声「そしてそのまま午後3時、呼び出されたマティスは戻らなかった。おれはひとりぼっちになった」
○検察庁
帰りのバスにゆられる森夫。