バックヤード・ダイアリーズ(2)

シナリオ「バックヤード・ダイアリーズ」
原作:中田満帆『裏庭日記/孤独のわけまえ』

 登場人物;
 楢崎森夫──主人公
 マティス・ゴーズウッド──運び屋
 北村伊作──雇い主/組織の会長
 木村の秘書
 高浪与主人──殺し屋

○取調室

 矢柳部長刑事が入って来る。
 矢柳「よお、調子どうや?」
 森夫「right!」
 矢柳「上手い!」
 森夫「thanks. but, I not much this place, I not much then」
 矢柳「──おまえのパンチ、あれ見事やったな」
 森夫「あいつ、どうなりました?」
 矢柳「鼻骨骨折や。鼻の骨が折れた、上顎に罅も入ってもたで」
 森夫「そうですか」
 矢柳「なんでそんなことしたんや?」
 森夫「死ぬためです。死ぬきっかけが欲しかったんです」
 矢柳「わけわからんこというなあ──それで?」
 森夫「黙秘権ってやつですよ」

○留置場

 時計は19時。森夫、蒲団を持たされて檻に入れられる。
 ひとりぼっちの監房。
 蒲団をひろげて横になる。
 
○留置場・朝

 監房をだされる、5人の男がおなじように蒲団を持って立ってる。
 留置場付きの警官の指示で蒲団を片づけ、手洗い、歯磨きする。
 みんな黙ってる。

○検察調べ

 青いバスで検察庁へ。
 手錠を外されて施設内へ。
 長椅子でじぶんの番を待つ。
 やがて検察官のまえに来る。
 検察官「──で、きみのやったことだけど、写真がある。罪状認否は?」
 森夫「いや、あのー、手が当たっただけです」
 検察官「ねー、写真は嘘吐かないよ。ほんとにそれでいいの?」
 森夫「え、あー、はい」
 検察官「──じゃあ、拘留延長ね。2週間」

○取調室

 矢柳、入って来る。
 矢柳「おい、森夫、なんで否定すんねん? んなことしてもしゃーないで?」
 森夫「さあ、じぶんでも……」
 矢柳「もう年末やぞ、はようせんと裁判来年やで?」
 
検察庁

 ふたりが話してる。
 森夫「──死のうとおもってます。遺書の書き方、教えてくれませんか?」
 検察官「え? きみ、なにいってるの?」
 
○留置場

 矢柳、監房の森夫に笑顔。
 矢柳「おまえ、自殺なんてどうしたんや? 話やったら聞いたるでえ」
 
○森夫のノート

 森夫、「自裁についてのノート」という題名を書く。
 森夫の声「かの女はおれを否定した。終わりまでひとこともなしにだ。そしてわたしはひとを撲った。果して望み叶わず、報道されないことがわかったが、事実は事実だ。この留置場をでたら、匿名でこの事実を広める。そしてマスメディアに訴求しよう。そして1月中に創作を片づける。とりあえずは公衆電話から神戸新聞へ「問い合わせ」だ。つぎに匿名掲示板へ。そのつぎに文藝投稿サイトへ密告。あとは流れに任せる。死にむかって」
 ほかの監房から話し声。
 男A「おれ、ほんまに裏切られたんや。頼まれて車に重機積んでもうたら、通報されてな。一発やったで。ほんまひとのためにやってこれや。なんや、ほんま腹立って来るわ。その重機、なにに使こたかもわからへんねんで」
 男B「(歌っている)」
 森夫も起き上がって歌う。ブッチャーズの『時は終わる』だ。
 「”苦しく、胸は切なく、震えてる手を握りしめ、最果ての時に立つ、いつもの夜はやさしく、ぼくを放ち包んでくれる、不安は消えないさ、でも夜はやさしく、あの時の星散りばめる”……」
 警官「静かにしような」
 森夫、黙って横になる。いつのまに同居人がいる。黒人。
 黒人「いい歌だな。その歌詞、ここに書けよ」
 ノートを差し出される。
 森夫「わかったよ」
 森夫、歌詞をノートに書いて渡す。黒人はノートを眺めながら、
 黒人「ふーん、おれへのプレゼントってわけだな」
 森夫「なんで捕まった?」
 黒人「公務執行妨害──職質から逃げた」
 森夫「クスリでもやってんの?」
 黒人「莫迦かおまえ、そんなんじゃねえ。──病院で大声をだしたらポリ公呼ばれたんだよ」
 森夫「大声ださなきゃいいだろ?」
 黒人「ちがう、治療方針で揉めてたんだよ。──そっちは?」
 森夫「傷害だ。撲ってやろうの鼻を折った」
 黒人「じゃあ、おれより重罪じゃねえか」
 沈黙。
 黒人「──なあ、ここでたらよ、仕事しねえか?」
 森夫「仕事?」
 黒人「荷物運びだ」
 森夫「いいね。でもそれってクスリだろ?」
 黒人「ちがう。──少なくとも合法のものだ」
 森夫「まあ、やるよ」
 沈黙。
 黒人「よかった、これで手札がそろった」
 笑う。
 森夫、怪訝な顔で出方を伺う。
 黒人「おれの娘はな、腎臓の病気なんだ。金があれば助かる、なりゃそのまんま死ぬ。これが最後のチャンス」
 森夫「最後の──?」
 黒人「そう、最後」
 森夫「あんた、なまえは?」
 黒人「マティスマティス・ゴーズウッド。おまえは?」
 森夫「楢崎森夫」
 マティス「これで成立だ」
 マティス、握手を求める。
 応じる森夫。
 常夜灯が煌々と照らすなか、横になるふたり。

○森夫の夢

 段ボールでできた車で丘を登る森夫。
 やがて動かなくなる車。
 森夫「そんなにおれが憎いのか、祐里子! 祐里子! 祐里子!」
 夜の町でハンドルを握る森夫。

○監房

 目覚めると涙でいっぱいの森夫の顔。
 呼び出しがかかってだされる。

○取調室

 矢柳「もうええやろ? 調書にハンコ押して終わりや」
 森夫「いや、おれは死のうとおもって……」
 矢柳「またそれかいな」
 森夫「マル・ルイに『鬼火』って映画があるでしょう。あれとおなじですよ、死ぬ口実を見つけようとでかけた。ひとを撲った」
 矢柳「おまえが映画好きで詳しいのはわかる。でも、おれも風俗詳しいし語れるで。第一おまえ、大した罪にならんやろ」

○車内

 車、現場にむかう。
 矢柳「ハンコもろたしな、あとは現場検証」
 森夫、町を不安げに見つめる。

○パチンコ店まえ

 車外にだされる森夫、周囲の視線に戸惑う。

○警察署内・武道場

 矢柳「で、おまえがどう撲ったか、再現や」
 小柄な警官相手に事件を再現する。
 拳の位置がなかなか決まらない。
 森夫「もっと高い位置にむかって撲りました」

○監房

 マティスとふたり弁当箱のカレーを箸で掻き込んでいる。
 喰い終わって一息。
 茶を飲む。
 マティス「おれはきょうたぶんでられる」
 森夫「羨ましいね」
 マティス「まあ、上手くやれよ」

 森夫の声「そしてそのまま午後3時、呼び出されたマティスは戻らなかった。おれはひとりぼっちになった」
 
検察庁

 帰りのバスにゆられる森夫。