ベルモンドの唇  04/13


 ながゆめのねむりもさめて梁あがる涙まじりの淡いため息

 去るひとよものみな寂しかたときも放さなかつた希みもあらじ

 意味論のむいみをわらう線引きの多き書物の手垢をなぞる

 夏よ──ふたたび駈け抜けん未勝利レースきようも観るのみ

 桃のごと手のひら朱む水場にてだれかがいつたわるくち落とす

 アレックス夢見る真昼最愛もなくて贖う「汚れし血」なぞ

 鞭のように蛇ぶらさがる樹木あり「美少女図鑑」ふと落としたり

 はつ恋のような初夏汗滲む肉慾はなし さらば青春

 来訪もあらず室にて梨を食むこのひとときのむなしさを識れ

 方代の額髪青き時代なぞ午睡のなかにひとり現る

 雨踊る駅まで趨る終列車到着時間ぎりぎりの脚

 大父の死に誘われてひとり立つ断崖ばかり果てもなき夢

 日向にて游ぶおもいでひとり出の夏の真午に辞はあらぬ

 青草の臭うゆうぐれ敵と見てわれを襲うか椿象の群れ

 よごがきの思想ばかりが照らされて拝むひとあり 神の莫迦

 それだけのこととおもってあるきだす夏帽ひとつからつぽにして

 水交じる場所を求めてあじさいの束を抱えて急ぐ老母よ

 くりかえしあなたのいつたことをいま録音してるいちまいのレコー

 つむじから虫が鳴いたよ 縁日の夜がふたたびきみを呼ぶのに

 だとしたらきみのテレビを破壊する ようでやらない時計が止まる

 からみあう壮暑の吐息 室外機 おれがゐなけりゃただのおんなだ

 トム・トムの皮が剥がるる夜ふかくいつか遭つたねあいつの悲劇

 「まけいくさならば戦え 誉れなどなくていいよ」はおまえの美学

 このままに死ねたらいいな夏あざむ冷やし飴降る午後の弔問

 J・P・ベルモンドの唇のような花肉ひらかれており旧県庁前