鮪が赤い。

 

 

 みささぎにかかる光りかおれたちの過去などまるでなかったみたい


 きみのゐる場所がわからずアンテナの不安ばかりがつのるゆうぐれ


 青騎士のようだとおもう枯れ木すら戦へむかう馬のようだね


 かのときもおもいでならんゆうづきのかなたにわかれあるのみと識


 黒天使 うたをかぞえるつかのまの永遠なれどただ愛しくて


 ゆめ終わる ときを悼みてカスクール・サンドを喰らう駐車場にて


 ぼくがまだ若いよすがを抱きしめる 終演までのくらがりのなか


 いまだ知らないきみをつづる詩も赦されて生牡蠣を洗う夜


 うそがまだやさしい真昼 緊縛のバニーガールをひとり眺むる


 青むかな葱の幾多を運ぶひと買いもの袋にふらむものよ


 歌碑を読む老人ひとり古帽のかげに呼ばれてやがて去るなり


 鶸(ひわ)色(いろ)のランドセルが走り去る惑星図鑑がゆれる朝どき


 そしてまたうつろな舟を漕ぎゆきぬ夜の宇宙がひるがえるなか


 鯨啼く未明の海をさ迷ってやがてわれらの名を奪うまで


 腐刻画の寺院燃えつつわが室のズッキーニいま青ばんでゐる


 十七音かぞえながらか指を折るひとりの少女図書館に見る


 季語忘る冬のベッドよなぐさみにならぬあかときわれを焼くのみ


 おもいでもあらじといいてさみしさもうつくしいのはきみのやまな


 視るたびに顔がちがってゐるくせにおなじ声音で話すかの女ら


 草をまたにぎわすかぜよ馬市のおとこやおんなみな厩にて寄す


 やがてまたきみに会えたらいうだろう鶫一字の由来やなんか

 
 冬寂ぶと電話のむこう声もありやがて断ち切るあなたの夢幻


 12月 蒲団屋閉じる 魚(うお)屋(や)飛ぶ みながさみしく枝を切るなり


 ひとりのみ西日にまみれ古帽をかむるゆうぐれ鮪が赤い。