短歌日記18

 

 


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 われのみがひととはぐれて歩きだす初夏の光りの匂いのなかで


 ものがみな譬えのように動きだす暗喩溶けだす午前三時よ


 それまでがうそのようだとかの女がいうわれら互いに疑りながら
 

 つぎの人生あればたぶんきみを知らずに埋もれていたい


 うそばっかりで終わってしまう手紙よ燃えあぐる森林の彼方


 手に触れる温度のようにやわらかくそして悲しい現象学


 モスコミュールへミントを添えるわずかに濡れた指先の痕


 初夏の狐のように反抗の眼をしてやまずわれらの欺瞞


 ひらかれし夏への扉 たとえれば洗濯台に忘れた剃刀


 れもん色の車が走る なまぐさき鰤を一匹連れ去りながら


 バス停の女生徒ひとりふりかえる鳥の一羽がわれには見えず


 晩年をきみに与うるつかのまの陽射しのなかに棄てた季節よ


 声がまた聞えない 衛星電波も孤立する夜


 乾く水の痕を歩いてゆくもはや寂しいともおもわぬ


 たが夢も肥満のごとく膨れたりやがて萎んでしまう朝どき


 水に病める子供ばかりの風景を愛しながらもひとりは去りき


 すがるものなくてひとりの昼餉する冷めきった鮭の桃色


 やがてすべての悔しみを水樽に葬りたしとおもう夜


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