white heat

 

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 粛清された犬どもが夜にむかって吠えている 大勢の観客が回転する場所で、花火が炸裂する 仄かに明るくなった公園で、子連れの男が反転チェストを決める 特撮ヒーローたちの抜け殻が、永遠の夏休みのなかで甦るのはきっと幻だ 最新のリマスターで発色のいい仮面が戦いを賛美する 聖歌を唱う童貞たちが塀のうえに立つ 砂漠を夢想する処女たちが行方不明の子供たちと融合し、やがて画面を食みだしたところ、蚕食し合うのは、おれの産みだした悪夢にちがいない

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 苜蓿を嘗めた子供が時計を握りしめて泣いている カメラが右にパンニングして、ランニングのひとびとを写す なにもかもがばらけてしまった暗室で、未現像のフィルムが燃えあがるとき、高架道路の車たちが一斉に停まる もう信じなくていいから、安心してひとを裏切る だれにでも平等に殺す義務を与え、消毒用エタノールをビッフェのテーブルにまき散らす たぶん、おれには手心があるにちがいない だからか、夜明けの桟橋で、発狂している男とハグを交わしてしまった これから必ず、殺す

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 病人以前の文学をおもいだせないでいる 木造病棟の果てにある中二階の実験室で、おれはつくられたんだ 火酒とともに生き、そして老いていく その光景がどこかで予行されたせいか、おれは眠れない 多くの記憶を焚きつけ、煤煙のなかで呼吸するとき、文学は女のようにおれを置き去りにして、室からでていってしまう もうなにも疑りはしない すべてを受け入れて、たったいま生まれる人類のために砂の棺をつくりつづけるのだ

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 ああ、さっきまでの憂い、そして浸透がうそのように消えていく ガス・スタンドの看板が回転しながら、遠くへと飛んでいる ツイストを踊りながら、殺し屋たちが和解するバック・ステージで、おれはいままさにマイクをスタンドから外す ビートは死んだ キック音がつづく ふいに涙が流れ、もう戻れないのを嘆く あまりにも悲しいヒート、あまりにも美しいライト すべてがぶつかってアラームが鳴るなか、救い難い高揚がおれのなかを、無人の観客席を、絶え間なく照らしていた

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ボストンでは禁止

 

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 おれはたったいま、ビル風に吹かれた一枚のスリップを眺めている ここは小さなアパートメントの最上階 地上ではひとりの男が戦闘機めがけてジャンプしている 声はここにない 中枢都市の神経を逆なでするような陽物が痙攣のなかでひどく気持ちいい 石油が漏れだしたタンクのまわりを蟻が騒がしい なるべく足音を消して、おれはむかいの窓に癒着した 坂を登っていく女の子たちがボストンでは禁止される どうしたものか、翅のない虹がかの女たちを突き破って、いまさらにすべてを虚しい色に変えてしまう

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 ホイットマンを猫が朗読している夜 夜の魂しいが熱い 中二階の室で、孤立したおれが泣いている おれのなかの子供が泣いている 母性はまやかしだ 父性は暴力でしかない 文学は誘拐され、賭博が生き残る かつてあったはずのものを求めて、金魚が歩く 星が瞑目する それがたったひとつの映像 おれの手に残されたプログラムにたったひとつ残されたタイトル 指輪やリボルバー、着せ替え人形と集団志向に陥りながら、蛙のふりをして線路工夫の一団とパーティをボイコットしてしまう

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 心臓が発芽した場所をずっと探している モーテル暮らしの鰥夫のおれにできることはそれだけ 部分的にエナメルを使用したボディで、新型車輛が走ってゆく ビッグ・タイムに乗り遅れた一頭のラバが愛する家族を有蓋貨物に閉じ込める ミュートのラッパと、電気椅子の伴奏で池田大作の誕生を祝うカルト野郎が、その頭ごと、セイウチに飛び込む そしてコラールをとともにやつは花壇に移植されてしまう

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 だれがいったい鍵をあけてしまったのか ひとがガラス板のある風景を過ぎるのは正体を失った11月の企み そしてためらいのなかでおれは身体の痛みに耐えている 生きる方法を見失って、夜の廊下に倒れ、そのまま夢を見る 夢はカラー、16ミリで撮影され、モノラルだ いつか地平のうえを歩き、そのまま家になりたい 高く梁をあげ、飛びあがってしまうような家で余生を送るのだ

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radio days

 

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 花の懶惰が咲き乱れる そんなに美しくていいのかと呼びかける 回転草とともに去る一匹の禽獣が薄明るいほどろのなかで、輝きながら消滅する 樹液を通した世界があまりにも脆く、突き刺さる森はあるとき、スローモーションで顔を変える 一匙の塩と、花びらの重力がやがて等しくなる頃、竈の番人が星図を仕上げ、まっさきに門をでるのは月光の囁きだ おそらく主人の亡くなった家で、窓を寂しがるのは青い肺の心理 だからといってふり返りはしない 熱い篝火のまえで不在のものらに誓い、たったひとりで立ち向かう未来を妄想している

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 アフリカの祖先が平行運動をしくじる 淡い地平に投影された空域が澱み、ぶ厚い憂いとなって、降りかかっている なぐさめなんていらねえよ 先祖に愛を 愛を 愛をと願い、それでも憎しみと一体となりながら点呼するのをやめない 冷たい広場で殻になったひとびとが砂地に充たされた場所で、草のように呼吸する恋しさが、サイドボードから落ち、砕けながら、きみを求めている

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 一人称を暗殺するために推理小説を書く夜もあった 泣きながら眠る子供と、流体力学を学び、英雄になれない痛みを亡霊と分かちあう 仮面が外れなくなったかれは自動車事故に依存する バラードの悪夢と、スタークの殺戮とが大きな犠牲のうえで踊っている 果たして月は模造品だった 慈しみのない手と手が握りあい、潰しあう時空を仮想している 醒めない夢のなかで、愛を 愛を 愛をと歌っている 

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喪失

 

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 星の気まぐれのせいか、頭痛がやまない 方位を失った夜がおれのなかで疼く回数を数えつづける なまえのない花がフルオートで発射された 季節はわからない 地下鉄にゆられる脊髄がいまにも弾けそうだという理由で抜き取られる 熱病に罹った群れが朝を待ちきれない もはや人格のない頭脳で買い物リストをつくるのは大罪だ 小さな手と、大きな翅を比較して、目覚めない朝を反芻する またちがう鏡をわった きみがきみのなかで消えてしまう

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 ぼくは物覚えがわるい 電気に発芽する百閒全集を抱えてダイビングに興じる 船は喋らない テンセン芸者をまた殺した きのうに戻れない理由を植物図鑑で探して、花が咲いた ここから見える景色が鈍色のなにかだとして、きみが時間に耐えることから解き放ってくれるのさ まだ知らない雪のため、まだ知らない森のために そしてバイカーとともに道を流れてゆく

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 比喩は卑猥だったから抹消された 寄る辺のない朝 たぶん、美学が死んだあたりから、わたしの冒涜が始まる 月の消えた虚空に花束がばらまかれ、心臓の彼方でわたしの撰んだ映像が、手を変えた詩学によって消滅するときを待っている

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meaning of life

10月の暑い夜

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 ブラジルから来た少年が通りで撃ち殺される 被疑者は嘆きの壁で、沈黙を貫いている 取調室は熱で彎曲していて、とても歪だ キュビズムが侵入した形跡もないのに、シュールレアリズムが混入したわけもないのに、ただ一輪の花が中央に活けられている レモン・サワ―が砂漠で爆発したのを皮切りにひとびとが吊るされる 12人の悲しい男たちが階段の裏手で、ファールボールを数えています

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 なんだか、おれが夏だった 夭逝のきらめきを求め、快楽に生きることは南 北ではない南だ 死ぬということに厭いてしまったから、柘榴の枝を伐る もはや憶えのない旋律に乗って、きみの棲む町を通り過ぎる 果たしていままでにだれかを幸せにしたことがあろうか なぜ、おれはおまえになれないのかがわからない たぶん自己同一性の被膜に覆われ、もはや変身できないからだ 遠くで汽笛が泣く そして植物図鑑の謀略で、すべてがデフォルトになる

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 はじめから仕向けられた罠だったのか、かの女は世界の秋を焼き払う 透明な葉脈と、反転する森がファスト・ファッションとともに燃えるのをかの女は笑っている 形式のない惨事と、脚韻を失った魂しいとが混ざり合い、そして器械体操のお兄さんがテレビで手をふるなか、最後の戦いがいま始まる

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帰途

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 三沢では雨すらも言語になる 帰途を失ったひとがレンタルビデオの駐車場に立つ 傘がない秋口にはからっぽのボトルがよく似合う したたかに酔い、そして瞑目するあいだ、すべての鳥が、カチガラスになったような錯覚をした それは10月の暑い夜 冷房装置の悪夢が膨張するアパートの室で、やがて人参が目醒め、鶏肉が暴れだすだろう 夜という夜の、寄る辺のない旅とともに 

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 天使が墜落する週末 演技論がわからないという理由で、飼い犬を撲殺した男がいま、便秘を耐えている 蟋蟀の眼のなかでフレームアウトする通行人がひとり、またひとりと失踪する エキストラがいないのだ 制作進行は悩み、そしてジン・ライムを呷る 殺し屋のいない世界で、いまなお活劇が求められるのはみながみな人生に愛想が尽きたせいだと、児童合唱団が輪唱するのをおれは待っている

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 洗浄豚のスライスを買って、帰途に就く 憑かれたおれは水を呑む男 だからといって無傷で済まされるわけじゃない 汚れた両手で氷を貪って、主旋律をブリッジ・ミュートする 叶えられない祈りとともに戦後を嘲笑する 空腹だ 全裸のまま、うろつき、吼え、そして大麻を幻想しながら、夜明けの街を抱きしめる 緑色だ なにもかも、

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