花に嵐

 

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 ハナニアラシ 花にまつわる文法についての挿話 送り火がまわる芒原の果てでホールデンを幻視する鰥夫の男 発熱のやまない室で、氷水が爆発する深夜 仔牛の肝臓を輪切りにする作業のなかで、淋病患者の呻きが聞えた 惑星は消える 失われた12使徒を妄想するセンター街の自転車屋で、桃色のサドルが万引きされるのはおまえの陰謀 隠喩とともに眠る少女を攫って、ベツレヘムの星へとむかい、列車を走らせたのはおれの願い 聖なるかな黒メガネの乞食が預言した、アメリカの没落が膵臓のなかで発芽する 

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 ハナニアラシ 嵐にまつわる蛮族の秘話 漁火がまわる葦原の果てでマーロウを幻視するアル中の女 発電が終わらない室で、禽獣が消滅する明け方 七色の腸閉塞をモノクロに染めあげる作業のなかで、鬱病患者のささやきが聞えた 遊星は現れる 蘇った金狼を妄信するセンター街の古本屋で、塚本邦雄が万引きされるのはあなたの真実 直接的な表現を殺し終えた少年を攫って、エレナ・レーヴェソンの胸元を求め、軽トラックを停めたのはきみの祈り 遙かな国の頂きで、ニッポンの黄昏が作動開始される

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 ツキニクモ 月をめぐる論争の終わりに葡萄酒が配られた 解決されない土地の買収問題で、男の家庭は壊れてしまった かれはジンを呑む そして妻子に当たり散らす これが愛の結論 素人専門の店で脱ぎ捨てられた下着が、淡い色彩を伴って夜に解れてしまう たぶん、おれがおもっているほどに家というものは冷たい 壁のなかで呼吸する隣人たちのために数千のファウルフライを受けても、救われるのはせいぜいのところ、飢えた飼い犬だけだろう

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 ツキニクモ 雲をめぐる討論の始まりに蒸留酒が配られた 決定されない運命の財源不足で、女の家庭は癒されてしまった かの女はシェリーを呑む そして夫に別れを告げる これが愛の序論 回転木馬が発狂した公園で、熱い色彩を伴って昼に集約されてしまう たしか、おれが考えているほどに家というものは頑迷だ 屋根のうえで思考する隣人たちのために数万のホームランを捧げても、救われるのはせいぜいのところ、死んだ妹だけだろう

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green hill hotel


green hill hotel

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 星の所在がわからないばかりに、だれもいなくなった室で銀鮭を輪切りにする もはや秘密を持たないからだが鬱と躁のあいだを駈巡る 天文学と植物学を結合したあの手が 男の内奥に侵入して帰って来ない夜 ヴィジョンは討論されないまま、かれの脳に移植される 記憶の鰭をカルパッチョする道路上で、かれは見たんだ、教授たちの混合を

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 たちまち煙になってしまった猫がいる ピンヒールに踏まれた月がレザージャケットを着て、こちらにむかっているのは現実にちがいない まぼろしのない時代にシェビーを走らせ、やがて赤い車体にきみの系図を掻き立てるのに、そう時間はかからない 冷えた心臓と、鱈を使って、河床に人体を描くのみ たったそれだけが夢なのだ

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 いやらしいことばかり考える それが美しさだと気づくまえにかの女を始末せねばならぬ モノラル録音のレコードがアーサー・リーを再現するとき、決まって馬の彫像が回転する 一回転ごとに蹄が剥がれてゆくのを目撃するのは、だれもいない映画 定点観測をしくじった靴が、自裁するとき、おれのなかの殺し屋が鉄の肺を装着して、いまにも寂しそうだ

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 コロンビアと口にするとき、シリアルは牛乳に溺れる 清順美学と夏のおもいでが交差するところで、ぼくは帽子をなくしたんだ それからずっと晩年について考えている もしも、帽子が暗喩ならば、その答えはかの女の酸っぱい涙だろう 暮れかかった土地で、測量人が倒れる 芝居の稽古を逃げだした罰をいま、このプラットホームでずっとずっと考えつづける

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glomy someday

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 ないがしろにされた帽子がいじけている パンクしたはずのタイヤが蘇生する秋 右手から左手までの距離で運行される靴が交通渋滞のせいで凋んでいる 解体工事の終わり 道が霞んでしまってよく見えない 町がひるがえるところで生活が始まっている 当然のなりゆきとして、冷凍された鶏肉が羽を奪還するときがテレビのなかに放映されようとしている

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 第7レースで勝った そうおもう男の銀河は嫉妬でいっぱいだ 星が機能しない季節 やわらかな秋が透き通る午后 だれもが愉しそうに歩く新宿の表通りで、たったいま打楽器が射殺された 黒い垂直体 長いためらいのなかで欲深な手がそれを触る 植物学が発狂する場面が繰り返し映写され、試写室の壁に毛髪が付着する だのにきみはブルースのなかで融けだしてしまう

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 蟹が歩く月面 ひからびた漁村の柱と舟が分解される 顕微鏡は健全だ 病院を抜けだした男を葦が掴む 夜が掴む 星を発見したのは山本通の酒場 パン屋とバーテンはグルだったから、山分けにした現金と引き換えに暴力許可証を買った もちろん、縁日の世界で それでも蟹は漁村にはもどって来ない 病理学の天才を探して、秋の光りに失われてしまえ、だ

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 救急病棟の深夜 母が初めて産んだあの子が人生に厭いている 

a vision

 

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 すべてが星に還るとき、射貫かれた魂しいが歩き去ってしまう 駅のポスターが燃えながら笑むとき、女工たちが波のようにゆれる かたわらに犬を連れた男が空中散歩を試みる夜 できそこないのじぶんを正当化したいがために、電柱を登る たとえばきみが知らなかった地平が林檎だったとして、それを収穫するのは夏なのか、秋なのか 定めを知らない鳥たちがゆっくりと飛ぶ 扉が清められ、知覚のなかにおれは泳ぐ

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 天体恐怖症に罹った医者がサナトリウムで踊っている かつてまだ発見されていなかった人物がなまえを交換している 長い寄る辺だ だったらもう少しでいいから きみの臀部にできた腫れものを切除したい 幽霊のいない室で、たったひとりの夜を過ごすとき、冷媒配管の冷たさで夏が冬になる でも、おれはきみが放たれた場所で父殺しを謳うときを、いまさらながら渇望している

   *

 箒星の夢から取り残されている 電波を失ったひとが路地で叫んでいる 警官はなにも見えない 軌道のちがった回路のなかを永久運動のように働く なにが原因なのかと警部補はつぶやくが、演算された数字が妻ではないという違和感を経て、宇宙を数えながら、嫉妬の比喩を獲得している

   *

the death and life of dismeaning

rush over the lifetime

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 ラッシュフィルムを装填する婦人会の集いが終わる 月曜日の朝どき 乱反射する小島なおが韻律のなかで回転するのを床屋の主人が見守っている 薄汚れた窓だった スカーフの赤さがあたらしい9月、それを求めていっせいに選手たちが飛び込む 土はやわらかい 熱病を拗らせた発送係が夜にむかってボールを投げる いつだったか、忘れてしまった性的な匂い 花の熟れたような匂いが気化爆発を誘発するころ、法医学者は口唇期の始まりについてのブルースを唄うだろう

   *


 詩神を失ったせいか、なにを書いても散文になってしまう 夜のようなひと、あるいはひとのような夜に魘され、覚醒以前のおもいでを忘れてしまう いまは安いベッドに横たわって、ただ恢復を待っている 完成した歌集が映画ではなかたったという理由で射殺されたとき、没落するアメリカの偶像とともに、あたらしい俳優の来歴がハリウッド的に悪化して、桔梗の花言葉が「不滅の愛」から「滅後の愛」へと書き換えられる

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 いやいや、愉しい遊戯でしたよ、あの映画は いままで観たなかでいちばんの犯罪でした 特に主人公の妻が撃たれるまでを鏡写しで演出したところは最高でした あなたはまるでほんとうに女を撃ち殺した経験がおありのようですね いままでの人生が夢でしかなった事実にようやく気づきました あしたの予定ですか? 段ボールで武装したトラックに乗って、ラストランを襲撃するつもりです わたしに妻はいませんからね! 

   *

 花もどきを調理しながら、上映を待っていた スクリーンの裏側でてんぷら鍋を火にかける 願うなら野生の牡になりたい もはや住宅街の平和な生活には飽きた 映像が浮遊する時間が欲しい ああ、とうとう映画が始まった おれの人生も終わりだなとおもった どうしたものか、花崗岩がわれ、そのなかから全裸の僧侶が登場する メリック以降の特撮を網羅した全集のようなかれは、果たしておれを救済するのかとおもいながら、遠いテキサスで咲いたサボテンの花が摘み取られてしまう光景を幻視する

   *

the beach boys strikes again


 もしも死者が定型ならば、
 生者は不定形ということなのか
 水に浸かった流木が沖に着くとき
 ぼくのなかに存った永遠という辞がすべて、
 駅という一語に置き換えられるのはいったいなぜか
 いままで忘れられてきた問題集が解剖される夜、
 ビニール傘はなぜレンタルビデオの駐車場にあるのかを教えろ
 とどまれ、
 とどまれ、
 苦い米を喰う蛮族の宴、
 産廃を蒸留して酒をつくる女たち、
 神は13行の標、
 ならば詩学は半ダースの鰯だ
 畸形の祝祭、そして浸透する夜
 かがり火を焚いた男の腕が延びて、
 いつのまにか叙情する意味、
 和解を果たせずにいることが人生の本質なんだ
 黒い膚の馬が駈け抜ける丘、
 不定形が死者ならば、
 定型は生者なのか
 粒子を崩壊させる一滴の宇宙や、
 ジューク・ボックスのなかで精製される量子とが、
 円環状の馬場のうえをひるがえる時間が、
 時には涙さえ超越する
 立ち去れ、
 立ち去れ、
 子供時代に見たことのある、
 見覚えのある男が話す
 あのとき、
 きみがぼくを突き放したときから、
 ぼくの解剖学が狂った
 心臓のかわりに、
 死者を飼うからだを、
 ここに持ってしまったということを
 なべて夜は温かい月に照らされ、
 いま住宅地図を疾駆する
 北のベニスから、
 南のシカゴまで、
 西の神戸から、
 東のタンジールまで
 生者が飢え、
 死者が富み、
 夜霧の発つ兎の巣穴で、
 たったひとり、夜を信じない男が、
 死者と婚姻を果たし、
 ぼくの墓へと、
 たどり着く。

 

 

黄色い詩人たちへの手紙

路上


 詩のグループが解散してしまった
 女4人がいきなり抜けてしまったからで
 その理由はたぶんおれの存在にある
 おれはひとを不快にさせる
 その点、群を抜いてる
 だっておれはペスト
 だっておれは毒ガス
 歩きながら、そう考えた
 詩誌や歌誌に誘って欲しいとも、
 発言したことがあったけど、
 だれもおれに手を差し伸べなかった
 そのいっぽうでおれを天才だというのもいて、
 おれはいよいよ詩人たちを信用できなくなった
 かれらかの女らのことなんか、いまやどうだっていい
 言葉の持つ引力がおれには巧く扱えない
 ふるえる左手で、もはや書く内容がない
 水のないコップを持って、
 室のなかをさまよう
 散文詩
 そう散文詩はいまもおれの味方らしい
 だけれど、そいつとも最近はご無沙汰だ
 花のように生きたいといったら贅沢だ
 草のように生きたいといったら贅沢か
 でも、鉱物のように在りたいといったらどうだろう?
 道の終わったところから、反転して街を見下ろした
 時がまだ充たされない詩学から、おれはゆっくりと立ち上がり、
 路上の臭気のなかを歩き、枕詞をひとつ連れていこうと画策した
 星の輝きのむこうで、ベンチの脚が折れ、
 だれもいなくなった場所で、
 詩人という肩書をさげて、
 野良猫に差し上げた。


想像妊娠恐怖症

   *

 映画が終わってしまった 夏の情景設定がうまくいかない 配役を忘れたスクリプターが聞き覚えのない歌を口遊む 律動する心臓の音楽 サティとフォーレをちょうだい グレープフルーツのかわりに 機銃掃射された駄菓子屋で、変身ベルトを毀してしまった 子供たちが、まだ殺されていない子供たちが、笛を吹く夜半 水を呑む男が水によって崩壊する概論が、わたしの手のなかでいまでも、たしかに存在している

   *

 作品について語れることなんかない 映画が終わってしまった 息も絶えだえに走る男と、かれを裏切った女とが液状になって壜詰めにされている 映像は死んだ シナリオが炎上する湖畔にて、赤いフォルクスワーゲン無人のままにされている カエサルと時計の関係 歴史を創作する贋教授の万年筆がとまらない夜 変身できない悲しみのなかで、おれは地理の教科書をめくりながら、だれかの妊娠を恐怖している

   *

 できるだけ早いほうがいい 映画が終わってしまった ジュリエットを呼ぶ 野生の血が目覚めようとする朝、飛行機が離陸する 長い夢もいつか終わる そして階段を最後まで登るとき、たったひとりでぼくは規律する もうだれもいないから もうだれにも求められないから 科白はすべて棄ててしまった 決まりごとをぜんぶ否定した 詩歌がすべて排撃される光景を求めて、長い一本道を逆走しつづけるぼくがいるんだ 変身!

   *

 

黄色い詩人たち


 黄色い詩人たちは真夏に残された鰯だ
 それはユーモアを持たない
 それは悪臭を放つ
 それは黄金律を持たない

 黄色い詩人たちがおれのまえを通り過ぎる
 それはすましたおもづらで 
 それは小奇麗な姿で
 それはみすぼらしい詩学

 おれはかれらにとっちゃ、ろくでなし
 働きもせず、歌を唄うキリギリス
 おれは働かない、おれはもうもどれない
 倉庫や港湾や雑仕事にもどる気がない
 おれはたぶんだれの友人にもなれないだろう
 
 黄色い詩人たち、
 真夏の夜の享楽とともに
 じぶんたちの狭いコミュニティを守るために
 せっせとたわごとをやりだすんだ

 

ふたつのヒート

夏の終わり

   *

 陽物志向のつよい主人公について語る必要があったのは真夏 発見された死体には金塊が隠されていたという事実ともにやって来る真夏 ボートレースの舟券師がセンタープール内を見渡す午後 脂肪を蓄えた腹で、スポーツ新聞を抱えて、静かに歩く いっぽうで主人公はサローヤンを暗唱しながら、競技場のそとをゆく 狙いの定まっていないからか、やたらに喉が渇く 住宅地から悲鳴がする 静電気を聞きながら、市内某所の墓地にたどり着く それは宿酔いのさなかだ 泥まみれの愛と、批評家の不在を両手に、やがて帰る土地を求めて明滅するネオンを走って、

   *

 トンプスンの「ポップ1280」を読んでいた 作曲に飽いたころ、おれはおれの心臓のなかで港湾都市が形成されるのをじっと待っていた かたわらになにもいない火曜日 午後には医者の時間だ 睡眠障碍がおれを追いかける 眠れない夜に歩いた港をおもいだす時刻 ひと気のない通りを駈け抜けてゆく長距離走者たち 係留船の灯りで眼が眩む いったい、だれが仕組んだ計略なのか 床屋のなかで夜が融け、失業者でいっぱいの室内を熱くさせる そうとも、きみはおれを撰ばない それが幸福の徴みたいに中空にわなないて、いままさにゲームを始めようか

   *

 悲しい夏バテだ 颱風のない8月を武装した風俗嬢たちが闊歩する 太陽は元気だ だれかがおれを天才だといった 幻影だ 膨張する林檎の球体のなかで、緊張が走る まだ11分しか経っていない できることはだれかを憎むこと でもその体力がない 氷水をやって、ひたすらからだを冷やしつづける夏 冷房装置が故障して、どこにも逃げ場がないとき、もはや失ったはずの陽物の刺激と、葡萄畑で落ちあい、その横顔を引っぱたいてやることも、おれにはできないんだぜ

   *

 星の音色が苦しい夜 水に充たされたコップが重力を増してゆく 夏の終わりがおれを打ちのめした 主人公はまだ現れない かれはいま「深夜のベルボーイ」を読んでいる 地下鉄の車内で没落する ツェッペリンの「プレゼンス」と、ヴェルヴェッツの「ローデット」を聴きながら、おれは待つ やがて再生される亡霊と、主人公がやって来る おれは恐怖で声を失った 足音が近づく バックフロアで踊っている暗殺者たちが消える おれは氷ついた画面のなかで透視図法を忘れてしまい、かれの刺激に失神した

   *

 


www.youtube.com


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魔物

   *

 魔女の車は燃費がわるい 煙を吐きながら走る ブレヒトのミュージカルを聴きながらハンドルを握る かの女の車はひとの魂しいを通過する そしてカーブを超えて見えなくなる たぶん、おれは語るべきじゃないのかも知れない 夏のゆらぎにやられ、水を吞みすぎて、張力を失ったからだが、天体妄想のなかで死にかけているよ 助けてくれ、おれの痛みを連れ去ってくれる通勤急行を教えてくれ、まだ生きる価値があるのなら、もういちど手をふってくれ いまだ判別できない惑星を見つけた かれはきっと酒がきらいだ だからおれは酔いどれる 天使の微笑みの最後の、1行のために

   *

 海で哲学しないやつがあるかとマヤコフスキーはいった 暗殺者とテニスに興じる銀髪の男が、ふいに落としたグラスにじぶんを見出して卒倒する夕べ いまだ発見を免れたポルノが暗室でからだをひらく それでも数式はかけがいのないものだから おれは濃度50%のウォッカを呑みながら、暁が来るのを待っている 砂漠の恋人たちと、豚の翅と、仲買人の関心を得るために、逆さになった時間との婚姻を決定し、まだここに立っている

   *

 カットされたフィルムが恨めしく光る朝 おれはからだをわるくして横になる 水色の革命 信者と聖者と武装集団が照明弾の炸裂とともに愛撫し合う だれもいない空港、閉鎖された扉に集うひとびとが、うっすらとした桃色のマトンをかかげ、焚火のまえで演説している 戸籍を失ったかげが、いまにも破裂しそうだから、処刑の準備をはじめているのをおれは中継で見ている もうここにはいられない もうじぶんに我慢できない そんな暑さだ だれかが弾いたボールをおれは受け取る そしてディランよりもさみしい歌を求めてカントリーブルースのミックス・リストを再生し始めるんだよ

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a nut head with rainlung [part 2]

a nut head with rainlung [part 2]

   *

 花が降る 桔梗が好きだった子供時代をおもうとき、葬儀屋の娘が剪定鋏を失ってしまう だからといってみな殺しにするわけにはいかない 時計職人の眼のなかの針 はじめて動きだした時間がじぶんを獲得するなかで、わたしは税官吏と出会う かれは虫垂炎を患っている 慈悲とはむずかしいといって、突然退職した 後任人事は名画座の俳優で、小さなランタンを持ったまま、国税庁のオフィスで探検を夢見ている なんと素晴らしい木曜日 

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 紫陽花がゆれる 隠語を持たない世界では、星の調律師が忙しい そんな情景をまだ大切していたい 脳髄を走る髄液の音が、骨をゆらす ゆらす ゆらす たやすく寝台になだれ、ほぐれてゆく男女は映画の文法を守れないでいる 林を抜けた、竹取の翁が黄金の祠をめざすとき、すべての詩人にわかれを告げてぼくはコップに牛乳を注ぐだろう おそらく人体が惑星と混合したあとに去来する魂しいの熾き火に、まぎれもない人間軽視の一瞥を加えるために

   *

 ならずものの心と、天使の肉体を持った少女たちが万引きに忙しい夜 回転式のナイフを持って小役人が苺畑に侵入するのも、なかなかの見ものだ 言葉が機能不全に陥った家族とともに食卓を囲むなか、おれが見つけたのはたったひとつの心理 母さん、ぼくはがんばったんだ じぶんに課せられたものについて素直に考えようとした いまはじぶんを恥ずかしくおもっている 絶えない警告のなかで河水の氾濫をただ見守っています

   *

 ボーキサイトが爆発するタリバンの反乱で、萌え枕が殺害された 切り裂かれた少女絵の首 その首塚に足を踏み入れる日本人は登場するのかが、連載中止でわからなくなったのは朝 ふたりの子供と一匹の猫と、刺青をされた女が舞台の位置関係に煩悶しながら、演出家の指示を待っている 半世紀も待っている やがて育ちすぎた樅の木と、一羽の百舌鳥が、ひらかれたエナメル・ジャケットのなかで醗酵し、放浪詩篇を英訳するとき、おれはかならず生まれ変わる

   *

 いつだったか、きみの眼がぼくを見たとき、どうしたものか、ぼくは声を失ってしまった あれから21年 きみは子供を産み、育ててきた ぼくは酒を呑み、墜ちてしまった 輪切りにされたボーイングが格納された倉庫とともに かつての愛唱歌をリピートしつづける男 強奪された記憶が破裂する町で、警官が銃を奪われる ぼくはきっともうもどらない 詩のなかですら棲み処にはならず、たったひとり蚕食される存在として君臨するだろう

   *


12 years old


   *

 おれは教室で絵を描いてた
 休み時間はずっとそうやって過ごした
 あるとき、おれの背中を鋭いものが走った
 転校以来、おれを虐めてるやつが革ベルトで鞭打ったんだ
 一瞬の衝撃におれは立ち上がった、鉄の定規を握って、
 でも、それまでだった、あとは痛みで動けなくなって、
 気がつくと、泣いてた 同級生が集まっておれを見た
 やつが泣くのはめずらしいとだれかがいった
 おれは見世物のように、むきだしの痛みのなかで全員を呪った
 
 それからずっと立って卒業の時期なった
 与えられた作文の課題におれはTのことを書いた
 おれを鞭打ったT、そして目のまえにいるTは、
 ニヤニヤ、ニヤニヤ、醜い笑顔でおれを見下ろし、
 おれの作文を嘲った、そして「おれのなまえは書くなよ」といった
 おれはやつのなまえを消してやった そして提出した
 担任からは「こんなものを書くな」といわれ、
 タイムカプセルには入れさせてもらえなかった
 
 さらに時間が経って高校に入ったころ、
 駅ビルのエレベータまえでTに出くわした
 その隣には12からずっと好きだったYがいた
 なんてこった、女ってやつはどうして不良に弱いんだ
 まるで似合いのお雛さまみてえじゃねえかよ
 おれはまったく打ちのめされ、
 そして言葉を失った
 そしてYの笑顔から目をそらし、
 さっさと挨拶をして、去ってしまった
 
 あれから21年、いまだにおれはやつを探してる
 おれのなかのやつをぶちのめすために
 おれの存在をかけて過去に遡る
 それが無意味だといちばんわかってるのはおれ
 おれだけでしかないという索漠のなかで、
 張力と緊張を失った怒りと響きのなかで、
 おれの最良を求めて、まぼろしのなかでやつを殺してた
 じゃあな。

   *