わがマグ・ショット

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 松の木の太さにおもうはらからの首にふさわしい縄はありしかと

 欲望にひだるいちじつ雨露を受ける樋すら悲しいひまぐらし

 鍵穴が合わない夕べ地階にて癌検診の通知受取る

 なぞるような高架道路の灯火がいやに淋しい寂滅が待つ

 それはきっと合図にちがいなく脱いだ眼鏡に月が骨ばる

 裏階段上るだれかのかげをいまひとじめする身勝手ばかり

 わたくしをわたしたらしめ地下鉄の天井工事やがて終わりぬ

 布ひとひら浮かぶ人工河川やがて来るだろう裁きなど忘れつ

 屠るという字やがて葬られる字なり夏の蝿集る場所もなくて

 咲きそめる花は嵐 従業員通用口に吹きだまるもののあわれ

 愛の経験もなしに道ゆくわれのなかを走り抜ける夏のしぶき

 やがて小さくなりぬかのひとの背ばかり多重露光するゆうぐれのあ

 パリ祭のルード・ボーイのごとくいま髪撫でつけるわがマグ・ショットなり

 たそがれにつよく滴る汗だれが応えるものか 肉声なき詩集

 第一級殺人一報告ぐ画面冷たし切桃の罐詰をあくる暗い真午の室

 ふみそろう足跡あらずひと見えず政さえむなしい虚実の果て

 いくつかの断章ありぬ「呪学とは仮象世界の符号に過ぎぬ」

 壊れかけた遊具 だれが遊ぶ 遊ぶ やがて来る秋にそなえて

 だれだった? かげ踏み遊び 誘い来る 群青色の男の子って

 不明を羞じるつかのまわれは息止む蝉泣きしきる七月の窓 

 かえりきて上着を降ろす湿度計高まるなにが不安をあおる

 マリア観音濡れそぼつままの写真ありアールグレイもはや温い

 花という一語を厭う 弟の死後に咲くものみな怨めしく

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