夏のよるべ


 かつて昭和記念公園でわたしは森忠明と歩いていた
 あじけない夏の夜でしかなかった
 わたしは先生と話しながら
 東京都市の暑さのなかで
 これからの人生についてみじかい詩句をひねりだそうとしていた
 先生はいった、──"帰らぬといえぬわが身の母捨記"って季語はないけど秋だよな
 わたしのつたない俳句、そして情景の見えない夜のなかで
 わたしはわたしであることの非情さにやられていた

 公園を歩き終えると終夜営業のファミレスで、
 わたしたちは話をつづけた
 ──いい本、読んでるじゃないか。
 ──おれもむかし読んだよ。
 わたしはウィルソンの『アウトサイダー』と、
 ヘッセの『荒野のおおかみ』を持っていた
 そしてかれから金を借りた、──秋には必ず返すといい、
 ながい放浪のはじめにあったこの出来事に
 先生は『秋とちぎれる人』という随筆を書いたものだ
 すぐにあれから、わたしは東京から逃げだしてしまったけれど。