短歌日記78

失墜の時間 

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 ふとおもう冷戦だけが温かい戦後に生きる戸惑いの眼


  みな底の女がひとり読書する固茹で卵の戦後史などを


 ふりかえる子供のひとりいくつかの量子学など忘れてしまう


 揚力のちがいのなかでまざまざとひきさかれたるわれの翅は


 流体が墜落してる・青空が野性色して見殺しにする


 両手を展げて滑走路に立つ男らのおもざし青く地平に暮れる


 逃げ水に真午の月が差すなかを長距離走者ひとり走れり


 残り歌かぞえてひとり雲仰ぐ殺人的な七月の青


 ちがうひとばかりにであう夏の日のゆうぐれひとつ撃ち落とすかな


 向日葵が回転してる夏泳ぐ子供いない河がまっすぐ


 ひとひとりいなくなりたる公園のベンチに遊ぶ子供の眸


 子殺しの母よひとりの数え唄セルロイドの空に戯むる


 ピーナッツの殻わる寄る辺旅をゆく渡し舟すら宇宙にちかく


 為すすべもなくただひとり甘夏の果肉にかぶりつく夜あらん


 滑稽譚・星の流れに実をむすぶ 他人の顔をみな恥ずかしむ


 少しばかりでいいのだと諭す 子供のような星座のかたち


 初夏の歌・意味論などを喪えるときのはざまの大いなる罪


 川崎重工の退勤者列をなす夜・学童注意の看板が狂う


 みながみな孤舟のなかで櫂を持つ夏の惑星いまひとつ滅ぶか


 たそがれの光りのなかを飛ぶ羽根よいままさにぼくに捧げよ