短歌日記53


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 人間という病いは癒えず真夜中の修辞のひとついま見失う

 

 雨季来たり帽子の比喩を探さんとするに紫陽花暗し


 
 道わずか残して来たり夕月のもっとも高き空を見上ぐる

 

 わが過去の贖い終えていつの世か役目を終えて退場するか

 

 なにもかもさかりを過ぎて萎れゆく鰥夫という入れ物に安住なし

 

 束の間の休息足りぬ駅舎にて列車のひとつ乗り逃すこと

 

 死のはざま一瞬光る葉桜の嘆きの声を聴くふりをする

 

 午後遅く不在通知を受け取ってわが存在の根拠失う

 

 みずからの葬列ありて懐かしむかつて遊んだ英雄たちを


 
 救抜もなくてひとりの食卓に蝿が飛び交う午前10時よ


 
 経験も物語に数えたる男のなかの宿命のため

 

 それでまた滅びつつある人生のト書きばかりを読み返したり

 

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